【インドネシア鉄鋼業レポート】期待先行の「2000万トン市場」 相次ぐ新設備、過剰能力の懸念

 人口2億人を超えるインドネシアが「鉄鋼大国」になるべく野心を燃やしている。政府は国営企業のクラカタウ・スチールを拡張するとともに中国の鉄鋼メーカーを誘致し、いずれ2千万トンを超えると見込む鉄鋼内需を自給したい考えだ。果たして思惑通りに進むのか。現地で取材した。(ジャカルタ=黒澤広之)

 東南アジア鉄鋼協会(SEAISI)が開催したジャカルタ大会。来賓で招かれたアイルランガ・ハルタント工業大臣は500人を超える聴衆を前に道路や鉄道、港湾といったインフラ整備のプロジェクトを続々と挙げる。「皆さん、ジャカルタの交通機関が良くなったと感じるでしょう」。名物の大渋滞に対する大臣の自虐ネタに、会場はどっと沸いた。

 インドネシアの鉄鋼需要は資源安の影響で2015年に一時落ち込んだが、以降は再び成長軌道を回復している。17年は1359万トンとなり、3年ぶりに過去最高を更新した。

 けん引役は建材だ。インドネシアの鉄鋼需要の8割近くを占めるのは建材。ジョコ・ウィドド政権は50兆円規模の公共投資を掲げ、ジャカルタ市内をはじめ各地で工事が始まっている。インフラ整備に伴い製造業も5%程度の成長が続くと見込んでおり、ハルタント工業相は「今後10年間、鉄鋼需要は毎年8%伸びる」と指摘する。

 見立て通りなら、インドネシアの鉄鋼需要は24~25年に2千万トン台へ達する。17年時点、東南アジア最大の鉄鋼消費国はベトナムの2164万トン。インドネシアの人口1人当たりの消費量は52キログラムと低く、全く可能性がない数字ではない。

 気掛かりなのは、工業省がすでに「2千万トン時代」を見込んで、能力拡大へと旗を振っている点だ。国営のクラカタウ・スチールを年産1千万トンへと増強する構想が、それを象徴している。

 長年、クラカタウは鉄源を持たないことが泣き所だったが、韓国・ポスコと組んだクラカタウ・ポスコで300万トンの高炉1基が実現した。これに加え、クラカタウ単独でも120万トン規模の高炉新設を進めている。クラカタウ・スチールのマス・ウイグラントロ・ロエス・セティヤディ社長は「クラカタウ・ポスコの1基含め高炉3基体制までは決めている」と話す。クラカタウ・ポスコ含め今後3~4年で能力を1千万トンへ引き上げるのは野心的な目標だ。

 インドネシアの国内鋼材生産は787万トンで、粗鋼はさらに少ない520万トン。しかし粗鋼生産能力の稼働率は52%という、いびつな構造になっている。

 グナング・グループやイスパット・インド、マスター・スチールといった電炉メーカーが数多く存在するため、ビレットの能力は過剰な一方、スラブを造るのはクラカタウ系のみ。来年にもクラカタウは独SMSから導入した150万トンの第2熱延ミルを稼働させ、将来的には120万トンの冷延ミル増設も検討している。いずれスラブ能力が足りなくなると映るようだ。

 インドネシア政府が頼りとするのはクラカタウだけではない。中国企業を誘致し、ジャワ島以外でも経済振興を図ろうと、スラウェシ島やカリマンタン島で製鉄所計画を推進している。

 代表的なのがスラウェシ島のモロワリで中国・青山控股集団が立ち上げた高炉一貫製鉄所。同国で豊富に採れるニッケル鉱石をここで精錬し、ステンレスで高炉300万トン、熱延200万トン、冷延50万トンもの能力を持つ原料立地の拠点だ。奥地のモロワリは陸路が整っておらず、同島最大都市のマカッサルからフェリーで4時間はかかるとされる。周辺に販売先がなく、モロワリの製品は大半が輸出されると見込まれている。同所ではステンレスだけでなく青山と組んだ徳龍控股が普通鋼でも350万トンの熱延ミルを立ち上げる。すでにステンレス向けで捌き切れない鉄源を使い、部分的に普通鋼のホット生産・輸出を始めている。

 人口は多いが、無数の島々から成るインドネシア。ジャカルタやスラバヤを擁するジャワ島以外でどれだけ鉄需が伸びるのかは未知数の部分が大きい。

 ハルタント工業相は機械や自動車といった需要産業の成長も指摘する。ただインドネシア自動車工業会によると、17年の生産台数は122万台。15年を底に増えてはいるものの20年に200万台とされた、かつての予測には届きそうにない。タイなどから部品を持ち込むケースも多く、インドネシア国内での自動車向け鉄需増加は、かなり緩やかなのが実態だ。

 「上工程と下工程でのハーモナイズが大事だ」。ハルタント工業相はこう語る。しかし内外の需給と果たしてハーモナイズしていくのか。増強ばかりが先行すれば過剰能力に陥った「第2の中国」となりかねない。

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