CRは事業を通して持続的に行うことが重要ー吉田聡・LIXIL 取締役 専務役員 LIXIL Housing Technology Japan CEO サステナブル・オフィサーズ 第26回

「窓や玄関ドアなど私たちが扱う商材は、みなさんが生活していてもあまり気にしていないと思います。しかし、その商材が室内熱中症やヒートショックなどの社会課題を解決する重要なカギを握るのです」――。LIXILグループの中で、窓や玄関ドアなど建物の開口部に使われる製品を開発・販売するLIXIL Housing Technology(リクシル・ハウジング・テクノロジー)。吉田聡CEOに、BtoB企業としてどうサステナビリティに取り組んでいるか話を聞いた。

LIXILグループの目指すサステナビリティ

川村:まず、サステナビリティについての基本的な考えをお聞かせください。

吉田:LIXILグループは、責任ある持続可能なイノベーションを追求し、安全性や快適性を提供する製品やサービスを開発することで、人びとの暮らしの質の向上に貢献していくことを目指しています。

そのために、3つの優先取り組み分野を設けています。まず、「グローバルな衛生課題の解決」です。2020年までに1億人の衛生環境を改善することを目指し、開発途上国向け簡易式トイレ「SATO」の開発・普及に取り組んでいます。

次に「水の保全と環境保護」です。中長期目標として「環境ビジョン2030」を掲げ、2030年までに製品・サービスによる環境貢献が、事業活動による環境負荷を超える「環境負荷ネットゼロ」の達成を目指しています。

3つ目は「多様性の尊重」です。2020 年までにすべての社員にダイバーシティ&インクルージョン文化を浸透させるべく、ダイバーシティの取り組みを進め、ユニバーサルデザイン製品やサービスの開発を進めています。

川村:LIXILではCSRではなくCR(コーポレート・レスポンシビリティ)を使われていますね。吉田CEOはサステナビリティやCRについてどのようにお考えですか。

吉田:私は長らく国内で仕事をしてきましたが、研修などで海外に行くと、CSRやCRが企業で当たり前に行われていることを肌で感じました。

その頃の日本では、CSRというとまだ寄付活動の印象がありました。しかし海外では、環境への貢献と事業の利益は相反するものではなく両立させるものだという思想が非常に強いと感じました。

CSRやCRは、事業活動を通じて持続的に行っていくことが重要であり、その結果、ユーザーの評価を得て、事業にも必ず繋がっていくのだと痛感しました。

LIXILはグループ全体で7万人近くの人が働き、社会への影響力も大きくなります。ですから、CRに持続的に取り組むことは、結果として、お客さまから選ばれることにつながると思っています。

そして、従業員の働きがいにもつながると考えます。特に若い方はこうしたことに関心が高いです。最近は、NGOやNPOに就職を希望される若い方が多いです。私もアジアなどで活動されている方たちにお会いして話しをすると、皆さん視座が高く、優秀な方こそ、そういう仕事に就かれています。

川村:マイケル・ポーターがCSVを提唱した背景には、ハーバード大学などの優秀な学生がNGO・NPOを就職先に選ぶことが増えていることがあり、企業の危機感として、企業も企業価値と社会価値の両立をしていかなければ人材が集まらないと指摘しています。

吉田:まさにその通りです。特にLIXILは5つの会社が統合してできたので、社員の価値観もそれぞれ異なりました。「やりがい」と「会社に対するロイヤルティを高めること」につながるという点においても、CRへの持続的な取り組みというのは非常に価値があります。

また、私どもは流通店さまを通して製品を販売しています。流通店さまのことを「パートナー」と呼んでいるのですが、パートナーさまも今、人手不足で雇用に課題を抱えています。優秀な若い方たちに入社していただき、定着していただく上で、パートナーさまにとっても日常の業務を通じて社会に貢献しているとか、地球環境に貢献しているというのはやりがいに繋がります。

実際に、一体型シャワートイレを1台ご購入いただくとアジアやアフリカに途上国向けトイレ「SATO」を一台寄付する「みんなにトイレをプロジェクト」は、パートナーさまに大変共感をいただいています。こうした活動は、社会や環境の持続可能性に貢献すると同時に、事業にも直接繋がっていると実感しています。

川村:そうですね。やはり、21世紀になって社会や経済の構造が大きく変わっていく中で、それぞれの国に社会課題があり、日本の場合は少子高齢化ですが、そうしたことを考えていかないとビジネスそのものが成り立たなくなっています。

室内熱中症やヒートショック問題を解決する「THINK HEAT」

吉田: LIXILはこれまで、持続的なCR活動に関して、トイレなど水回りの取り組みを先行してやってきました。

ハウジング・テクノロジーが扱う窓や玄関ドア、エクステリア商材などはなくてはならないものですが、当たり前に住宅にあるものだからこそあまり気にされない所でもあります。ですから、ハウジング・テクノロジーの商材を通してサステナビリティに取り組むということがこれまであまりなかったです。

そうした中で、私どもの商材で一体どのようなことができるのかを社員が自主的に考え始めるようになりました。

川村:確かにトイレに比べると、窓やドアは空気のような存在かもしれません。どのような取り組みを始められたのでしょうか。

吉田:「THINK HEAT(シンク・ヒート) ~考えよう ヒトと地球にやさしい温度~」というものです。

窓や玄関ドアなどの商材は、断熱材や構造体を通して、部屋の温度をコントロールすることが可能です。例えば、断熱性や防露性、耐久性に優れた高性能ハイブリッド窓は年間、321kgのCO2を削減でき、電気代は1万9400円節約できます。

適切に温度をコントロールすることは、省エネはもちろん、快適で健やかな毎日にもつながります。「THINK HEAT」は、そうした視点で住まいの設計をお客さまと考えていこうという取り組みです。

近年、室内で起きる熱中症やヒートショックは社会問題になっています。室内熱中症で救急搬送される人は年間約2万人おり、熱中症全体の4割を室内熱中症が占めています。それから、冬にヒートショックで亡くなる人は年間1.7万人いるといわれ、交通事故の死亡者数の約3.7倍に達します。

私どもの商材はそうした問題の解決に役立ちます。今後は、さらに力を入れていく方針です。

川村:熱中症やヒートショックは、まさに地球温暖化や高齢化が進むにつれ増えてきている問題です。最近、CSRやESGの世界でも、アウトプットとアウトカムという表現を使います。ここでは、商材というアウトプットがあり、その効果としての健康や温度調整というアウトカムがあるということですね。

吉田:そうですね。どうしたら、お客さまにとって価値があるものにできるかということですね。そうすることで、お客さまに当社の製品を選んでいただけるようになると考えています。

窓や玄関ドアなどは現在、とても性能が良くなっています。断熱性も非常に高くて、壁と同じくらいの性能があるようなものなどさまざまなものが発売されていますが、なかなかそういうことを実感していただけません。ですから、その価値を伝えていきたいと考えています。

川村:商品の機能性を超えた価値提供ということですね。LIXILにとって「THINK HEAT」はビジネスにおいて「生きる道」であり、根幹に関わるものだということですね。

温暖化対策に協働で取り組む

吉田:熱中症やヒートショックに関しては、私どもだけで取り組めるものではないので、日本気象協会が行う「熱中症ゼロへ」や「STOP!ヒートショック」の活動のスポンサーにもなっています。

「熱中症ゼロへ」では、気温の高さで知られる埼玉・熊谷市の保育園や幼稚園にシェードを提供し、効果を検証する取り組みをしています。簡単なシェードを窓の外側に付けるだけで、外側の熱が約83%カットされます。

「THINK HEAT」を広めることで、室内熱中症で救急搬送される年間約2万人という数を減らしていきたいと考えています。

人は、家で寝ている時間が一生の中で最も長いですから。家が環境や社会、人に対して与える影響や価値は一定のものがあります。

川村:当たり前のように存在するがゆえにあまり気にされていない商材が、人間の生活や社会を支えているということですね。

吉田:そうです。ハウジング・テクノロジーで働く社員が、プライドを持って働けるように、そういうことも打ち出していきたいと思います。

また、社内だけでなく、社外のお客さまにも知ってもらわなければなりません。その一環として、昨年には東京・新宿に体験型ショールーム「住まいStudio」を開設しました。日本には、室内温度が変わるとどれだけ快適さが変わるのかを体験できる場所がありません。「住まいStudio」では、「昔の家」「国が推奨している基準で建てられた家」「これからの家」の3軒で室内温度がどれだけ違うかを体感していただくことができます。

川村:体感しないとなかなか分からないですからね。関連でいえば、ZEH(ゼッチ:ネット・ゼロ・エネルギー・ハウス)にも取り組まれています。

吉田: はい。ZEHの普及を目指し、2017年9月に東京電力と合弁会社「LIXIL TEPCO スマートパートナーズ(東京・江東)」をつくりました。ZEHが普及しない一番の理由は、エネルギーをつくり出す「創エネルギー」の課題があります。太陽光発電システムは高価なものですから。

そこで、LIXILが販売する高性能の窓やドア、構造体などのZEH向け建材を採用していただいたお客さまを対象に、太陽光発電システムを割賦販売し、LIXIL TEPCO スマートパートナーズが余剰売電収入を得る代わりに、お客さまの太陽光発電システムの毎月の割賦支払を実質ゼロ円にするサービスを始めています。

川村:ハウスメーカーもZEHに取り組んでいますが、違いはどこにありますか。

吉田:確かに、ハウスメーカーさまは自社でどんどん進めてらっしゃいます。しかし地場の工務店さまはなかなかZEHに対応できません。日本の住宅市場を見ると、約7割を地場の工務店が占めています。そうした方々にこのサービスは役立ちます。

また、地場の工務店さまが利用できるようになれば、環境や社会への影響力も大きくなります。他にも電力代を安く提供する仕組みもつくっていて、さまざまな方法でZEHを普及させようとしています。

川村:最後に、中長期的な課題についてお聞かせください。

吉田: 窓や玄関ドアは、性能が高くなるとCO2排出量をどれくらい減らせるのか具体的に数値で表せる商品です。会社全体で取り組む「環境負荷ネットゼロ」に最も貢献できるものです。そこをしっかりやっていくことです。そして、継続して環境や社会に貢献するには、事業活動として取り組むことが不可欠だと考えています。

またBtoB企業であるため、これまでお客さまに対して製品の背景にある企業の考えを直接伝えることをほとんどしてきませんでした。これからは、エンドユーザーさまにそういった企業の考えを伝えていくことにも取り組んでいきたいと考えています。

LIXILグループの中期経営計画のテーマの一つに「持続的な成長」があります。それを実現するには、社会やステークホルダー、そして従業員からも信頼され誇りに思うような会社になっていかなくてはなりません。そういった意味で、サステナビリティとCRに取り組むことが、経営戦略上でも非常に重要だと思っています。

川村:サステナビリティに向けた経営戦略がよく分かりました。ありがとうございました。

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