自傷女性へ「大切な存在」

優しさの結晶、本に

©一般社団法人共同通信社

自分の部屋のロフトでくつろぐ女性。リストカットした腕には包帯が巻かれている((C)岡原功祐、「Ibasyo」より)

 人の手から手へ、3年半かけて世界を巡った6冊の本がある。自傷行為を繰り返す女性たちを取材した、手作りの写真集だ。計30カ国の人々のメッセージが書き込まれ、今春、被写体の女性たちの手元に届けられた。「あなたは大切な存在」という思いとともに。

 〝旅する写真集〟

 淡い灰色の表紙をめくると、女性の名前が刻印された半透明のページが現れ、コントラストの高い白黒写真で構成されたフォトストーリーが始まる。夜道に浮かぶうつろな表情、テーブルに置かれたいくつもの錠剤、不規則な切り傷の跡が残る腕―。さらに、世界中から寄せられた手書きのメッセージやイラスト、インスタント写真などで彩られた個性豊かなページが最後まで続く。

世界中を旅した岡原功祐さん手製の写真集。読者によってメッセージが書き込まれた

 本の作者は、ドキュメンタリー写真家の岡原功祐さん(38)。2004年から、10~20代の女性6人を長期取材した。いじめや性的暴行など、自身の存在を否定されるような経験の後、自傷をやめられなくなった人たちだ。岡原さんは、深刻なうつ状態に苦しむ女性たちと寝食を共にし、日常を撮り続けた。

 「自分を大切にしなさいって何度も言われたけど、どうしたらいいのかよく分からない」

 取材中に聞いた、当時20代のさゆりさんの言葉が、岡原さんの胸に引っかかり続けた。

 リビアの内戦や原発事故後の福島なども取材し国内外で発表、多くの賞を獲得した岡原さんだが、「写真が世界を変えることは基本的にはありえない」と話す。

 だが、この取材で撮影した6人の女性たちに、「あなたは大切な存在ですよ」と伝わる物を作れないだろうかと考え、手作業で15㌢四方の写真集6冊を製本した。空白のページに世界中の人からメッセージを残してもらい、最後はさゆりさんらへ贈ることにした。

 「多くの人が写真をじっくり見て、その思いが伝わることが、彼女たちの存在の肯定につながる」と考えた。

 インターネットでメッセージを募ることもできたが、形のある物を残すことを選んだ。「手書きの文字を通して、書いてくれた人の心の温かさを感じることができる。実際に物に触れることで、湧き上がる感情を大事にしたかった」。デジタルが主流の現代でも、フィルムカメラで撮影し、暗室で一枚一枚丁寧にプリントし続ける写真家の信念だ。

世界中を旅した岡原功祐さん手製の写真集

 〝旅する写真集〟は、フェイスブックなどの会員制交流サイト(SNS)で話題になり、米国メディアでも取り上げられて反応が広がった。計30カ国の延べ300人以上の手に渡り、戻ってきた4冊は、岡原さんから被写体となった女性たちに贈られた。

 余白を惜しむかのように「1人じゃない」「あなたを必要としている人がいる」などと書かれた言葉やイラストは、世界中の人々の優しさの結晶だった。表紙に付いた手あかや小さな傷も、手にした人々のぬくもりそのもの。本に直接触れた女性の一人は「鳥肌が立つほどうれしい」と喜んだという。

 居場所

 取材の記録が3月、「Ibasyo 自傷する少女たち〝存在の証明〟」(工作舎)として出版された。約60点の写真と文章からなる。

岡原功祐さんの「Ibasyo 自傷する少女たち〝存在の証明〟」の表紙

 純白の表紙に施された凹凸は人肌を思わせ、隅をかき切るような銀色の斜線が目を引く。本を手に取ると、大切なものを包み込んでいるような感覚になる。

 自傷する場面を目の当たりにしながら取材を重ねた様子も描かれた。「秘匿されがちなテーマと真摯に向き合っている。他にはないリアリティーがあり、世に出すべき作品だと思った」と、出版に関わった工作舎の編集担当者は力を込める。

 世界中を巡った手製の写真集に書き込まれたメッセージの一部も紹介されている。「社会の中に、彼女たちをいたわる人たちが確かにいることを表したかった」と岡原さん。

 本のタイトルは、自傷を繰り返していた大学の後輩の「私には居場所がない」という言葉から付けた。取材を始めるきっかけになった女性だ。当時は岡原さん自身がフリーの写真家として駆け出しの頃で、友人たちが就職していく中で、自分も「所在なさ」を感じており、心に響いたという。

 出版の準備が進む中、図らずも、若者の「居場所」に注目が集まる出来事が起こる。神奈川県座間市で、生きることへの絶望感をSNSなどに吐露していた若者たちが誘い出され、9人が殺害された事件だ。

「Ibasyo」の出版イベントで話す写真家の岡原功祐さん=3月、東京都杉並区

 岡原さんは、この事件を直接取材したわけではない、と前置きした上で「ひと昔前だったら、加害者はもとより、被害者たちまでも〝異質な存在〟として扱われていたかもしれない」と指摘した。だが、そのような風潮が見られなかったことから、「居場所を求めて苦しむ人たちを、はじかずに社会の一員に含める時代になりつつあると感じた」と話す。

 「必ず抜けられる」

 「Ibasyo」に登場するさゆりさんらは現在、仕事を始めたり家庭を持ったり、それぞれのやり方で、自分との折り合いをつけて暮らす。その一人は「つらくてもいろんな出口がある、必ず抜けられるよ、ということをこの本で知ってもらえたら」と話したという。岡原さんは「今まさに苦しんでいる人や、彼らに寄り添う家族や友人たちに、その思いを伝えたい」と話している。

 周りが真っ暗でも、光は思いも寄らない方向からふとした瞬間に差してくる。そんなことに気づかせてくれる本である。 (共同通信写真部=武隈周防)

手作りの写真集を手にするロシアの女性(岡原功祐さんの「Ibasyo」より)