【特集】押せないインターホン

記者が見た大阪北部地震(2)

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三宅璃奈さんが犠牲になった大阪府高槻市立寿栄小のブロック倒壊現場=2018年6月25日

 前回に続き、6月18日発生した大阪北部地震の被災地で取材した新人記者のリポートです。あまり報じられることがない記者心理を描きました。

 いきなり嫌われ者

 「あんたたちのせいで今、もめてるんでしょうが。ほんっと空気読めよ」。思わず身体がビクッと止まった。大阪北部地震でプールのブロック塀が崩れて小学4年生の三宅璃奈さん(9)が犠牲になった大阪府高槻市の寿栄小学校の保護者説明会で、ある母親から浴びせられた一言だ。隣で子どもがびっくりした顔で自分の母親を見つめていた。「…ごめんなさい」と謝るしかなかった。

 こんなやりとりから応援取材は始まった。夕方に始まったブロック塀に関する説明会は夜遅くまで続いた。

 地震発生から4日目の21日、被災地では、報道過熱という新たな問題が起きていた。小学校には連日多くの報道陣が押しかけ、うんざりしている保護者と報道陣の間にはピリピリした雰囲気が漂っていた。被災地に入った直後の私は、その経緯を知らずに話しかけたのだった。

 会場を出てきた母親たちは皆、目も合わさず足早に立ち去る。話しかけても無視。すれ違い際には「チッ」と舌打ちの音も聞こえた。「態度が悪い」とテレビの記者につかみかかる父親も。現場は想像以上に荒れていた。いきなり嫌われ者になったみたい。「あの時と一緒だ」。すっかり暗くなった小学校の前で、小さくつぶやいた。

寿栄小の現場近くの献花台に手向けられる花束=2018年6月24日

 「マスコミが二次被害」

 地震から1カ月弱ほど前、14年前に起きた岡山県津山市の女児殺害事件の容疑者が逮捕された。同じ9歳の女の子が犠牲になった。右も左も分からないまま現場へ向かい、事件当時の話を聞ける人を捜し歩いた。当時の同級生を当たったが、「取材は全部断ってるので」と拒否され続けた。遺族の家の前には14年前と同じように記者やカメラクルーが殺到していた。

 後日、遺族の手記が公表された。その際、代理人弁護士から「自分たちが何をやってるかわかってるのか。マスコミが二次被害を与えている」と1時間ほど叱責された。

 自宅に報道陣が押しかけたことで、遺族がしばらく家に戻れなくなっていたという。前を向けば弁護士に責められ、下を向けばA4の1枚紙にぎっしり手書きで娘への思いがつづられた手記が目に入る。どうしたら良いか分からなくなった。その時に味わった気持ちと同じだった。

 翌日から犠牲者の親族や関係者を探す取材が始まった。「ピンポンしたけど出ませんでした」と先輩に報告できれば、どれほど楽だろう。照りつける日差しの中、璃奈さんの遺族の自宅前を、何もできずに何往復もしていた。

 インターホンを押すときはいつも「出てほしい」気持ち半分、「お願いだから出ないで」という気持ち半分。ボタンが重たく感じた。

 璃奈さんと仲が良かった生徒の家の前では、小さな男の子が母親と一緒に家から出てきて、楽しそうに紙ヒコーキを飛ばして遊び始めた。今、ここで自分が近づき「取材させてほしい」と言ったら、どんな空気が流れるかと考えると、なかなか足が前に進まなかった。

 ノートの上に涙

 茨木市の自宅マンションで亡くなった後藤孟史さん(85)をたどる取材にも加わった。自宅のインターホンを押す瞬間は、目をつむっていた。

 偶然、女性がドアを開けた。さっきまで人の出入りがあったから、知人と誤認したのだろう。しばらくの間、遠巻きに見ていたので、それすら分かってしまった。出入りする人たちは両手に軍手をはめていた。部屋の片付け、とりわけ散乱した本の整理だろうか。

 長女を名乗るその女性は、最初は淡々とした口調で「取材は断っています」と話していた。しかし、いくつか質問を重ねるうちに「もっと親孝行していれば…」と次第に声を詰まらせた。「一つ取材に答えちゃうと、他もやってきて断りづらくなるんです。分かってください」。最後は泣きながら声を絞り出していた。

 故人のことを口にするだけで、思いが込み上げてくる。だから誰かに話すことはつらい作業だ。私は数年前に父を亡くしているが、その時に散々味わった感情を、自分でも分かっているはずだった。なのに聞いている。その罪悪感からなのか、思わず手に握ったノートの上に涙が落ちた。

 やりとりの最後に「このコメントを掲載してもいいですか」と尋ねた。女性は小さな声で「もう、仕方ないですから、どうぞ」と答えた。自分が取った遺族のコメントは、弱い人からむしりとったものに思えた。上司に報告したが結局、そのコメントが記事で使われることはなかった。

 今回の地震の犠牲者は5人。被害が限定的だった分、取材が特定の対象に集中し、震災報道は少ないパイを奪い合っているように見えた。取材に応じた人は自ら話したと言うより、報道陣に一斉に囲まれ、びっくりして話さざるを得なくなったのではないか。目の前で起きていたメディアスクラムに、私も加担していた。

寿栄小の献花台で手を合わせる男性=2018年6月25日

 相手の話を全力で聞く

 記者になって3カ月。取材現場では「これでいいのか」と葛藤することがほとんどだ。ただ、聞かれたから答えるというやりとりばかりの中で、「璃奈ちゃんのことを覚えていてほしい」と言って、積極的に証言してくれた人たちがいたことを忘れてはいけない。取材を受けた後に寝込んでしまった人の話も聞いた。話す側も相当なエネルギーを使ってくれている。聞く側も同じくらいのエネルギーで向き合わなければ、失礼だ。まだ駆け出しで、仕事も十分にできないが、相手の話を全力で聞く姿勢を持ち続けられる記者でありたいと強く思った。(共同通信・岡山支局=寺田佳代 22歳)