菊池恵楓園内の黎明教会堂解体 地震の損傷、修理断念

熊本地震で被災し、取り壊された菊池黎明教会堂の跡地=合志市
菊池恵楓園にあった菊池黎明教会堂=2001年

 熊本地震で被災した国立ハンセン病療養所「菊池恵楓園」(合志市)内の菊池黎明[れいめい]教会堂が、信者の減少や高齢化で修理を断念し取り壊された。半世紀以上にわたり、差別や偏見にさらされた入所者の心を癒やしてきた場所が姿を消した。

 同教会発行の書籍「れいめい」によると、同園では1913年、入所者数人が洗礼を受けてキリスト教徒になった。信者は100人以上に増え、全国の療養所で慈善活動をしていた好善社(東京)が52年、教会堂を建設。木造平屋で珍しい畳敷きだったという。

 2016年4月の熊本地震で壁に亀裂が入るなどの被害に遭い、園側が危険と判断して立ち入りを規制。信者が毎週行う礼拝は園内の別施設に移した。

 信者は園外も含めて約20人いるが、礼拝に通うのは数人。入所者の平均年齢は84歳を超え、高齢化も進む。「修理したとしても、教会の維持は難しい」という信者たちの意向を受け、園は今年2月に取り壊した。

 信者の一人、中山弥弘さん(89)は、鹿児島県の国立療養所「星塚敬愛園」で洗礼を受けた後、26歳で恵楓園に入所。視力を失うなど病状の悪化が進む中、「信仰を通して病気も平気で乗り越えられるようになった。キリスト教の根本は人を愛し、慈しむこと。教会でたくさんの人に親切にしていただき、感謝しかない」と話す。

 昨年4月に教会堂であった最後の礼拝には約70人が祈りをささげたという。園側は跡地に看板を立て、教会堂の歴史を後世に伝える方針だ。(臼杵大介)

(2018年7月2日付 熊本日日新聞朝刊掲載)

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