【免震装置の実大動的試験施設・日本の現状と今後の展開】 新日鉄住金エンジ「NS―SSB」めぐる鼎談

 今回の実大動的試験をUCSDで実施した背景には地震国である日本にそもそも実大動的実験施設が存在せず、他国の設備に依存しなければ厳しい海外基準に対応できないことに起因している。実験に立ち会った和田章東京工業大学名誉教授(日本免震構造協会会長)、山田哲東京工業大学科学技術創成研究院未来産業技術研究所教授、藤原真一新日鉄住金エンジニアリング社長に対談形式で日本の現状と今後の展開について各立場から語ってもらった。

山田氏「日本製の装置で安心を担保」

――まずは日本における実大動的試験の現状についてお聞きしたい。

山田「日本のメーカーが認定を取得するにはサンディエゴに来なければならないという大変な事実がある。海外では認証実験を行わなければ装置を使えない。例えばトルコでは重要施設は免震構造でなければならないが実験で実証したものしか使うことができない。しかし、日本で実験できないので日本企業が苦戦しているという背景もある」

山田「東工大では笠井和彦教授を中心に文科省に働きかけ、実大の大型免震装置や超高層建築の柱など日本の都市を支える建造物を実験できる装置を作りたいという構想がある。基本設計としては超高層建築を支えるような柱の力に対応できるよう、1万8千トンほどの力をかけて地震力を再現する施設だ。その準備に向け共同研究講座を作った。産業界からも参画してもらい検討を進めている。例えば阪神・淡路大震災では芦屋浜のマンションの柱が割れたがこういったものは大規模のもので起きる現象で小さな材料試験では絶対に起きない。つまり実際に実大試験をやってみなければわからないということだ」

和田「昔ぼりばあ丸とかさんふらんしすこ丸という大きな船が突然ある時バリッと割れた。鉄の分子が伸びているところに1カ所クラックが入るとウィークな場所に集まってくる。小さな試験体に亀裂を入れて引っ張った結果は意外と伸びるが大きな試験体にクラックを入れて伸ばすと切れてしまう。そこで鉄鋼メーカーが冷たい海を走っていても切れないよい鉄を作って最近は船の沈没がなくなった。同じようなことは建築でも言える。大きくなると弱くなるのは鉄筋コンクリートでも鉄骨構造でもみんな知っている話で、そういうことがないということを社会に説明せねばならない」

山田「日本の国益を考えると海外に試験を依存することは危ない部分もある。また、東京五輪後がどうなるかわからない中で日本の産業界を元気付けて世界に打って出るには日本で実験して検証した質の高いものを、という思いもある。世界初の高引張力と水平力、世界最大の圧縮力を備え、高精度の計測データを取得できる大容量3方向試験場を備えた施設の提案を進めている。ぜひ日本、できれば東京の近くにUCSDの施設を超える施設を作りたい」

山田「現在、文科省産学共創プラットフォーム共同研究推進プログラム(OPERA)が進められており、東工大でもOPERAのプロジェクトとして社会活動継続技術共創コンソーシアム(SOFTech)を立ち上げ私が代表を務めている。新日鉄住金エンジにもご協力いただいているが、我々は『安全』を目指して仕事をしていても『安心』につながっているのかということ。実証して大丈夫であることや、それを踏まえて安全であることを伝える研究を進めており、実大試験設備の建設も含まれる。特に地震大国日本として耐震・制振・免震を柱として海外に売らねば内需ではやっていけない部分も強い。大型装置を備えた試験施設を是非日本で実現したい。ただ、1社ではなかなか持てない装置で1業種でも苦しい。国を挙げて取り組む必要がある」

藤原社長「国内にあれば開発スピード高まる」

藤原「当社はアンボンドブレースや『NS―SSB』についてさらに色々な開発をしていかねばならないが、山田先生がおっしゃったように『安心』へ確信的につながるような形で製品を世に送りたい。そのためにここにきて実験して世に問うというところだが、試験の待ち行列がすごく長く1年以上待たねばならない。企業なので開発スピードという観点から見ると大変なハンディキャップとなる。特に台湾や東南アジアへ輸出するとなると確実にそうしたデータを求められる。その上でも我々としては何とか日本で迅速に試験をして評価してもらい、どんどん新しい製品を世に送り出したい。そういう意味でも今回サンディエゴでこういう設備を実際に見せてもらったのは大変よい機会だった。ぜひ日本で実装されるよう先生方と一緒に活動させてもらいたい」

和田「台湾で免震のビルを作ろうとすると使う免震装置の一つを任意に取り出して持ってきて過酷なテストを行う。それは最大限の実験をして壊れるまでやる。例えば100個の装置が必要なら日本では製品を開発した人が建物とは独立してチェックして、ユーザーは100個作ればいい。台湾ではあらかじめ101個作っておくといった形になる。実物を任意に取り出して実験するにはそのための試験装置がなければ社会が止まってしまう。ただ、大学にいる者やいた者がきちんとしたものを作るべきというところと学問的な興味とで国の法律を101個を作るべしというものに変えてくれというのは全体に負担がかかるのでよいことかどうかというところはある」

藤原「自動車などは実際に製品を衝突させて何百台も潰して安全性を確認している。それは人の命を守るためにはそれだけのコスト負担が必要ということ。いかに実物に近い形でチェックするかということがそういう業界ではある意味常識的になっているのではないか。建築も高層化などで機能が求められており、特に熊本地震で病院が機能しなくなるなど国が相当危機感を持っているのであれば事前の機能評価も厳しくしつつ施主さんもこれだったら安心していけると確信を持って使ってもらうようにする、その代わり負担はしますという形に本当はしないといけないのではないか」

和田氏「鉄の免震、さらに広まる」

――日本に実大試験装置を導入するための課題は。

和田「やはり予算の問題が大きい。阪神大震災後にできたEディフェンスは450億円くらいかかっている。建設の決断は早かったが振動台は15メートル×20メートルで載せられる重さは1200トン。東京のビルの1本の柱にかかる重さですら2千トンで1200トンの重さの建物を揺すっても1本分の柱より荷重が小さいのだから超高層ビルのことなどはわからない」

――免震構造は世界的な主流になるのでしょうか。

山田「国内では免震が普及し要求性能も上がってきている。20年前は倒れなければいいという部分もあったが最近は機能維持の重要性が高まり国土交通省の機能継続ガイドラインにも免制震構造の有効性が記載されるなど社会のニーズが追い付いてきている。世界でも試験装置の設置はUCSDが早かったが大型の実証が言われ始めたのはここ10年ほど。世界中でこうしたニーズが出てきた」

和田「ここにいるエンジニアの方は免制震のよさをわかっているが10人くらいでやっている小さな構造設計事務所の中には『さぞかし難しいことやっているのだろう』と近寄らない人もたくさんいる。そういう人たちをレクチャーする機会も設けたいと思っている。そういう人たちが動けば変わってくる。先般、大阪北部地震が発生したが大阪には免震建物がたくさんある。『NS―SSB』を適用した茨木の案件でも全く荷崩れがなかったと聞いている。こうしたよい話が広まっていけば免震構造がさらに広まっていくだろう。免震構造と鉄の親和性は高く鉄の免震のメリットは大きい。いずれ日本でもゴム免震はどんどん減って「NS―SSB」など鉄の免震が増えていくと思っている」

山田「大阪では循環器センターなどで非常電源もやられたと報道されているが、機械を守るためにはやはり免震でないとダメということだ。東日本大震災で起きた原発の事案と同じで、教訓が生かされていないということになる」

和田「発電装置も免震ビルの中に抱え込まなければいけない。非常用発電装置は簡単なことで動かなくなる。94年のノースリッジ地震では発電機にはの冷却水のパイプが切れたために発電機が動かなくなった」

藤原「この試験施設の建設もそうだが米国ではそのようなことが起こるとすぐに対応に動く。何が問題でそれに対してどういう手を打つか、そのスピード感はすごい。多少お金がかかっても人の命を守るためにこうした実験設備を作るというのはやはり米国に学ぶべきところがあると感じる。そういう面でもこの経験を生かして私どもとしてもできる限りのことをやらせていただきたい」

――エンジニアリング会社として新日鉄住金エンジに期待するところは。

和田「ルーツが官営八幡製鉄所で維新の際に日本を作ろうと作った会社。一番好きな会社で恥ずかしいことはしない。中国や南米でも製鉄所建設に協力しており、今の中国の発展は稲山(嘉寛)さんたちが宝山に製鉄所を作ったことにあると思っている。他の人がやらないから自分もやらないというのでは『NS-SSB』もできなかっただろう」

――『NS-SSB』はこの試験を機に世界に売っていくと。

藤原「その通りで、さらに日本国内でもこういう試験結果があるというのは非常に大きなアピールポイントとなる。実物大の実験結果を国内外でアピールしたい」

対談出席者 和田章氏(東京工業大学名誉教授、日本免震構造協会会長)、山田哲氏(東京工業大学科学技術創成研究院未来産業技術研究所教授)、藤原真一氏(新日鉄住金エンジニアリング社長)

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