【特集】「おっさんジャパン」が見せた意地

ベルギーに敗れ、吉田(22)らをねぎらうGK川島=ロストフナドヌー(共同)

 ワールドカップ(W杯)ロシア大会開幕前はさんざんに言われた日本代表だが、称賛に値するチームであったことは間違いないだろう。

 「おっさんジャパン」。そうやゆされた今回の日本代表は2日夜(日本時間3日未明)、決勝トーナメント1回戦で国際サッカー連盟(FIFA)ランキング3位の強豪・ベルギーに真っ向勝負を挑み、互角に近い勝負を演じてみせた。最後は試合後半アディショナルタイムに喫した失点で2―3の悲劇的な敗者となってはしまったが…。それでも、同じように決勝トーナメント1回戦で敗退した2002年日韓大会のトルコや10年南アフリカ大会のパラグアイにPK戦で敗れ去ったチームに比べれば間違いなく高く評価できる。

 素晴らしき敗者を意味する「グッドルーザー」という言葉がある。日本がそれに該当するのかはよく分からない。ただ、弱者が強者に勝利の可能性を見いだす常とう手段であるサッカーをしなかった。そう「守備を固めて、あわよくば得点」を狙わなかったのだ。それは前日に見たロシアがスペインをPK戦で下した戦い方とは明らかに違った。攻めに出て互角の勝負を繰り広げた日本は、あのポーランド戦終盤で見せた消極的サッカーで巻き起こった悪評を拭い去ったに違いない。

 大きな可能性を持って臨んだものの1勝もできず惨敗した4年前のブラジル大会。そこで味わった悔しさを〝熾火〟のように胸に刻み込んでいた男たちが、ベルギー戦で存在感を示した。

 長谷部誠、川島永嗣、長友佑都、大迫勇也。そして、途中出場の本田圭佑。中でも際立っていたのが、香川真司だ。4年前に「自分たちのサッカー」を高らかにうたい、惨敗した男たちは、「自分たちのサッカー」で世界のトップを直前まで追い詰めた意地を見せつけた。

 フリーキック(FK)でもコーナーキック(CK)でもない、日本人が好むパスで相手守備網を崩す美しい展開から二つのゴールを決めたのだ。

 後半立ち上がり3分、日本が先制する。センターサークル付近から柴崎岳が計ったように送ったスルーパス。それを右サイドで受けた原口元気が、名GKクルトワを破りゴール左サイドに突き刺した。その2人のプレーには時間を〝操作する〟テクニックが秘められていた。まず、キックフェイントから一拍遅れて繰り出した柴崎のパスが相手DFの処理ミスを誘発する。次いで、原口もタイミングをほんの少しずらしてシュートを打った。結果、2メートル近い長身を誇るクルトワの伸ばした手が届かない空間ができた。

 後半7分の2点目は、元J1C大阪コンビの息の合った連係から生まれた。DFコンパニーが跳ね返したボールを香川が拾う。そして、一拍おいてから乾貴士にパス。今大会、威力を見せる乾の狙い澄ましたシュートが鮮やかにネットを揺らした。

 2点をリードしたときは、すごいことが起こるのではないかと正直思った。しかし、2―0のまま時計を進める作業が予定通りにはいかなかった。後半24分、クリアボールに反応したベルトンゲンのヘディングが高々と上がり、ゴール右上に吸い込まれた。

 一見、簡単に処理できるボールにも見える。だが、GK川島はシュートに備えニアポスト際にポジションをとっている。そこからバックステップを踏んで、このボールを処理するのは実のところ、かなり難しい。いうなれば、ループシュートと同じ理屈だからだ。しかも、一番やっかいなところに飛び込んだ。日本にとっては不運としかいえなかった。

 「2―1が一番危ない」。人によってはこのようなことをいう人もいるが、個人的には必ずしもそうとは思わない。事実、まだリードしているわけだから。ただ、精神的には日本の選手たちに焦りが出たのは間違いないだろう。悔やまれるのは、1点を返された動揺が収まる前にエデン・アザールのクロスからフェライニにヘディングシュートを許したことだ。このときマークに付いたのは身長180センチの長谷部だが、フェライニは194センチ。残念だがこの体格差は、ゴール前の高さという面では太刀打ちできない。短時間で2―2の同点にされた精神的ダメージは、おそらく大きかったのだろう。

 ビッグネームが並ぶのだが、ベルギーの戦術は自分たちで主導権を握るものではない。だから、物足りなさも感じている。しかし、このチームはカウンターに関しては世界屈指だ。そして、アディショナルタイムに入った後半49分、日本はそのわなにかかった。

 美しい。だが、日本にすれば絶望的なカウンターだった。本田の左CKをキャッチしたクルトワがデブライネにフィード。持ち上がったデブライネからのスルーパスを右サイドのムニエがゴール前に送る。ここで、ルカクがスルー。エースストライカーがオトリになることで、左サイドでフリーとなったシャドリはゴールに流し込むだけだった。

 日本がW杯のベスト8進出をかけて戦うのはこれで3度目。ベルギー戦は最も可能性を感じさせた内容だった。それだけに、少しだけ世界に誇れる気持ちと、時間の経過とともに残る喪失感がない交ぜになってしまう。この「壁」を破っていれば、これまで見えなかった何かが日本サッカーの未来に見えたかもしれない。

 とはいえ、一つ言えることがある。われわれ日本人のサッカーは、技術と俊敏性、機動力、そして組織を生かすことでのみ活路が開かれるということだ。

 残念だ。しかし、その指針を示してくれた私たちの代表である23人の選手、そして就任からわずか2カ月で結果を出した西野朗監督とスタッフに感謝したい。そう思っている日本国民は多いはずだ。

岩崎龍一(いわさき・りゅういち)のプロフィル サッカージャーナリスト。1960年青森県八戸市生まれ。明治大学卒。サッカー専門誌記者を経てフリーに。新聞、雑誌等で原稿を執筆。ワールドカップの現地取材はロシア大会で7大会目となる。

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