ルポ・久賀島(長崎県五島市) 潜伏キリシタン関連遺産 保全と歴史継承が課題 過疎・高齢化で担い手足りず

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 「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」は、構成資産の大半が過疎化が進む離島や半島部にある。構成資産の集落は「人類の宝」として半永久的な保存が求められるが、人口減少や高齢化に歯止めがかからず、保全の担い手不足や土地の記憶の継承など大きな課題が突き付けられている。300人余りが暮らす長崎県五島市の「久賀島の集落」を歩き、現状を見詰めた。

久賀島

 ■ミサの空席

 久賀島南西部の田ノ浦港から車で約20分。島東部にある五輪(ごりん)地区の駐車場に車を止めた。10分ほど歩き、こけむした細い坂道を下って海岸へ。海沿いのわずかな平地にある小さな集落に、旧五輪教会堂(国指定重要文化財)がたたずんでいた。県内外からツアー客が詰め掛ける人気の観光地だ。
 旧教会の傍らには1985年に完成した小さな新教会がある。6月24日午前9時半、月1回のミサを前に信徒が集まってきた。近くの小島から漁船で乗り付ける人がいれば、前日の雨で滑りやすくなった坂道を下ってきた人もいる。島に常駐する神父はおらず、福江教会から朝一番のフェリーで渡ってきた。
 10時前、新教会でミサが始まった。中には長いすが左右計9列あり、空席が目立つ。通常ここでミサに加わる信徒は50~70代の4世帯、8人だけ。聖書を朗読する声と清らかな賛美歌が聖堂内に響いた。

旧五輪教会堂を訪れたツアー客。海上タクシーで近くの防波堤に横付けし、内部を見学した=長崎県五島市蕨町
五輪教会では毎月第4日曜日の朝にミサが開かれ、周辺の信徒4世帯8人が祈りをささげる=長崎県五島市蕨町

 ■弾圧の記憶

 「人は少なかけど、みんな一生懸命に歌って、よかミサでしょ」。島東部の早崎地区に住む漁師、小島満さん(65)はちょっぴり誇らしげだ。「間もなく世界遺産登録ですね」と水を向けると、「純粋な祈りの気持ちは、いつも変わらない。それだけよ」と穏やかに答えた。
 小島さんは潜伏キリシタンの子孫。先祖は江戸時代に長崎・外海地区から久賀島の北東に浮かぶ蕨小島(わらびこじま)に移住した。幕末維新期のキリシタン迫害では、久賀島のキリシタン約200人が12畳の小屋に押し込められ、うち42人が死亡した「牢屋(ろうや)の窄(さこ)事件」が起きた。小島さんの曽祖父も拷問を受けた。
 1881年建設の旧五輪教会堂は、拷問を受けた人たちを含む信徒が、島南西部の浜脇地区に建てた教会だ。1931年、建て替えに伴って五輪地区に運ばれて移築された。現在は寄贈を受けた五島市が管理している。激しい弾圧に屈しないで信仰を守り通した歴史を証明する「記憶の建物」でもある。

 ■信徒が激減

 「教会を眺めるだけではなく、もっと踏み込んだ形で信仰を知ってほしい」。小島さんは、それが久賀島が世界遺産になった意味だと考えている。ただ、現状は厳しい。島内の信徒は昭和20年代に1500人を数えたが、今では約50人に激減した。それも50~60代以上がほとんどで、教会の清掃や保守作業に携われる人は実質20人以下という。
 信仰の歴史を知るには「来訪者が信徒と交流して話を聞くことが一番の近道」と小島さんは言う。だが、子や孫世代の多くは島を出て教会から遠ざかる中、誰に史実を語り継げばよいのか。自分たちの世代がいなくなれば、教会が廃止されるのではないか。小島さんは「何とかしたいけど、個人の力ではどうにもならん」とつぶやく。
 実際に信徒が“消えた”集落もある。島北西部の細石流(ざざれ)地区は1970年代に信徒がいなくなり、やがて教会は崩壊し、墓地も荒廃した。同地区に生まれ、現在は島中央部の久賀町で商店を営む信徒、川端モニカさん(87)は「生活が成り立たず、多くの信徒は長崎や福岡に出て行ってしまった」と話す。現在は牢屋の窄事件の現場に建てられた「牢屋の窄殉教記念教会」のミサに通う。「牢屋の窄は大切な場所。最後まで守ってくれれば」と願う。

 ■仕組み模索

 そんな中、移住した若い力が動きだした。世界遺産条約で設置が求められているガイダンス施設として4月にオープンした「久賀島観光交流拠点センター」。指定管理者「久賀島ファーム」は長崎市出身の頴川(えがわ)駿介さん(26)が事務局長を務める。五島市地域おこし協力隊として久賀島に赴任し、3年間の任期を終えた昨年9月以降も島に残っている。
 「時間がゆっくり流れ、地域の人に支えられて暮らせる」と島の魅力を口にする。移住者にとって障害になるのは住居と仕事。空き家があっても改修に数百万円が必要になる。島内で働きたくても働ける場所は少ない。頴川さんはファームを法人化し、土産物の製造・販売、同センターの管理などを通して利益を生む仕組みを模索している。「無人島に近づくことを止めるのは難しいけれど、流れを遅らせることはできるのでは」。冷静に未来を見詰める。

 ■島の可能性

 同じく元協力隊員の江原貴司さん(36)は埼玉県出身。今年3月に退任後は旧五輪教会堂の教会守を務める傍ら、7月のゲストハウス開設を目指し、自宅の改修を進めている。
 「開発されずに残る自然や家族以上と言える島民との関わり。島には可能性がある。多くの資源を生かして面白いことに取り組める」と希望を感じている。「若者が来てくれる環境をつくりたい」とゲストハウス開設を決意した。釣りやヨットなど体験プログラムも準備する予定だ。
 取材の最中、海上タクシーで20人ほどのツアー客が訪れた。滞在時間は20分にも満たない。「満足できたのかな」と疑問を口にすると、江原さんが言った。「いろいろな観光の形があるけど、僕としてはより島に深く入り込んで、見て、感じて、その歴史を心に留めてほしい」。それは小島さんが語った思いと重なっていた。

4月にオープンした「久賀島観光交流拠点センター」を訪れた客に応対する頴川さん=長崎県五島市久賀町
旧五輪教会堂を見学する人に、歴史や資産の価値を説明する江原さん=長崎県五島市蕨町