29歳男性過労死、過酷な深夜業務「仕事辞めたい」 退勤時間後も仕事…隠れ残業や隠れ出勤、常態化か

 埼玉県北本市のラーメン店で、当時29歳の男性社員が過労死した問題。亡くなった片桐政男さんは新入社員で働き盛りの年齢ながら、過酷な深夜業務が続いた末、尊い命を落とした。さいたま労働基準監督署が認定した直近1カ月の総労働時間は約257時間、残業は約89時間。しかし、遺族によると、タイムカードに残らない隠れ残業や隠れ出勤をしていた可能性があり、片桐さんは「仕事を辞めたい」と話していたという。

 2011年9月30日。午前2、3時ごろに帰宅した片桐さんは、北本市の自宅2階で、同居する母親(68)の作った食事を取り、突然苦しそうな大声を上げて昏倒。1階にいた母親が異変に気付いて様子を見に行ったが反応はなく、搬送先の病院で死亡が確認された。死因は急性心不全だった。

 労基署が労災の認定材料としたタイムカードの打刻履歴では、夜の遅番を任されていた片桐さんの出勤時間はおおむね午後4時台で、退勤時間は翌午前2、3時台だった。

 母親は息子の長時間労働を心配し、毎日自宅を出る時間と帰宅する時間をノートに記録していた。遺族側はノートを基に、直近1カ月の残業は少なくとも約108時間だったと主張している。

 兄の英夫さん(39)によると、片桐さんは遅番が始まる数時間前に出社し、開始時間の直前にタイムカードを切って深夜1時ごろに退勤時間としていたが、その後も仕事をしていたという。英夫さんは「家に帰ってくるのは午前3時すぎだった」と振り返る。母親によると、亡くなる1カ月前に、「来月も休みが取れないと言われたので仕事を辞めたい」と話していたという。

 休日もあまり取得していない。労基署の認定では、直近1カ月で休んだのは1日のみ。前月は5日間の休日を取っていた。しかし、母親のノートでは、2カ月で休んだとされる計6日間のうち4日間は出勤していた。2日しか休んでいなかったことになる。

 亡くなる直前は同僚が出張により不在で、夜は正社員が片桐さんだけだったという。亡くなったのは同僚が約2週間ぶりに帰ってくる日で、片桐さんはタイムカード上では18日ぶりの休日を取るはずだった。母親は「『やっと休みになった。今日の夜は飲みに行くんだ』と、うれしそうに話していた顔が今でも忘れられない」と最期を思い出す。

 英夫さんは「弟が先に死ぬなんて思ってもいなかった。あんなに忙しいと言っていたのだから、仕事を辞めるように言えば良かった」と話した。

■「高プロ制度は過労死を生む」片桐さん兄

 片桐政男さんの兄英夫さんは弟の死をきっかけに、2年ほど前から「全国過労死を考える家族の会」に参加している。今国会で成立した働き方改革関連法について、同会は労働時間規制や残業代支払いの対象外となる「高度プロフェッショナル制度(高プロ)」に強く反対してきた。

 英夫さんはこれまで積極的に同会の活動に関与してきたわけではないが、当事者として同様の思いを抱いているという。「世の中の会社が労働時間を管理できていない状況。高プロが導入されれば、過労死を生みやすい社会をつくるだけ」と懸念を示した。「弟に対する国の対応を見て、労働者は国に都合のいいように搾取されるのではないか。企業側に都合のいい改革で、過労死遺族にはたまったものじゃない」と語った。

亡くなった片桐政男さんの祭壇
「弟の真実を認めてもらいたい」と話す片桐英夫さん=6月、さいたま市内

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