①祈りの場 信仰生活 乱される不安

 「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」(長崎、熊本の12資産)が世界文化遺産になった。これからは「人類の宝」として、来訪者を受け入れながら価値を伝え、後世に引き継いでいかねばならない。一方で「信仰の場」を守ったり、地元の発展につなげたりすることも忘れてはいけない。遺産が抱える課題をリポートする。

 カトリック信者が住民の6割を占める「外海の出津(しつ)集落」(長崎市)。世界遺産登録決定から一夜明けた1日、集落内の出津教会堂には、日曜朝のミサが終わった頃から徐々に観光客がやって来た。
 帽子をかぶったまま聖堂内に入ろうとする女性がいた。「恐れ入ります。脱帽でお願いします」。教会守の尾下シゲノさん(69)が優しく声を掛ける。女性は気付いて帽子を取った。
 今後、夏休みや秋の観光シーズンには観光客が押し寄せるかもしれない。尾下さんは「教会に来てもらうのはうれしい。だけど、どっと来られると余裕がなくなり、笑顔で迎えられなくなるのでは」と不安を口にする。
 出津教会堂は明治時代の1882年、フランス人宣教師のド・ロ神父の指導で建てられた。130年以上、信者が毎朝のように祈りをささげる生きた祈りの場だ。
 同教会堂の山口竜太郎神父(41)は「神様が一緒にいてくださることを意識するのが祈りのとき」と話す。朝晩、食事の前後など日常的に祈りがある。信者にとって祈りは生きることと直結している。その中心が日曜日のミサで、教会を自分の家以上に大切と思う信者もいる。
 長崎市の70代の男性信徒は「教会は信者にとって、いつでも開かれている祈りの場。そこに大勢の人がわいわい言いながら入ってくると集中できない」と心配する。
 特定NPO法人世界遺産長崎チャーチトラストが運営する「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産インフォメーションセンター」(長崎市出島町)は2014年から、教会見学を希望する人がインターネットなどで事前連絡する制度を始めた。教会でミサや冠婚葬祭がある時と見学が重ならないようにするためだ。
 同センターは「教会は観光施設ではない。秩序を持って見学してほしい」と呼び掛ける。だが、事前連絡に強制力はない。団体客はツアー会社がほぼ連絡してくるが、個人客は3割程度にとどまる。「事前連絡率をもっと上げたい」とするが、決め手はないのが現状だ。
 離島に住む60代の男性信徒は「世界遺産になれば信徒には大変なことばかり。何のメリットがあるのか。でも、地元の活性化のために協力したい」と複雑な心境をのぞかせる。遺産を訪れる来訪者一人一人に、信者の生活に配慮する意識が求められている。

日曜朝の出津教会堂。信者らがミサに向かう=長崎市西出津町

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