【特集】ベルギーは「大人」だった ブラジルをいなして4強入り

ブラジル―ベルギー 後半終了間際、シュートをセーブし、雄たけびを上げるベルギーのGKクルトワ(右)=カザン(共同)

 もしも―。

 勝負事にこの言葉はないことは分かっている。それでも、残念でならない。もし、日本が2―0のリードをうまく保ってベルギー戦に勝利していたら、ワールドカップ(W杯)ベスト4進出を懸けてブラジルと対戦していた。そう考えると、悔しさがわき起こるのを抑えられないのだ。

 会場となったカザン・アリーナは、今回のロシア大会で日本代表が合宿地としていたカザンにある。ロシアの土地にあって、日本代表がホームと呼べる街だった。移動もなく住み慣れた部屋から試合に向かっていたら、国際Aマッチでいまだ未勝利のこの強豪を相手に良い勝負を演じたのではないか。やはり、ブラジルはブラジル。いくら現在のベルギーがスターぞろいだからといって、格が違う。そう思うと、決勝トーナメントというさらに緊張度が上がる舞台でブラジルと戦ってもらいたかった。

 そんな複雑な感情で見たブラジル対ベルギー戦。一言でいえば、完璧にベルギーのパターンにはまった試合だった。

 ボールを持つのはブラジルという,いつもの構図は変わらない。これに対し、ベルギーは「『うまい』。でも『軽い』」というネイマールをうまく封じ込め、自分たちのペースに持ち込んでいった。

 一発勝負で勝敗を大きく左右するのはセットプレーだ。そしてこの試合ではコーナーキック(CK)が両チームの明暗を分けた。

 開始8分、最初にチャンスをつかんだのはブラジルだった。ネイマールの左CKをニアポスト際に入ったミランダが頭でフリック。チアゴシウバがそのボールを狙ったが、シュートはポストに阻まれた。

 対照的に、ベルギーは最初のCKをゴールに結びつけた。前半13分、シャドリが放ったインスイングの左CK。このボールが、フェルナンジーニョのオウンゴールを誘い、ベルギーが1―0と先制した。

 ブラジルが攻めに出るほど、試合の主導権は逆にベルギーが握っていく。なぜなら、あれ程のスター選手をそろえながらもベルギーは自らがボールをポゼッションするサッカーをあまりやらない。結果、攻撃はカウンターが主体となるからだ。ただ、そのカウンターがえげつない。それは日本を沈めたアディショナルタイムの高速カウンターで思い出したくないほど苦い思いをさせられた私たち日本人が一番分かっている。

 ベルギーにとって、相手のCKは自らがカウンターを仕掛けるチャンス。それはブラジル戦でも変わらなかった。前半31分、ネイマールの左CKを跳ね返すと、そのボールを拾ったルカクがスピードに乗ったドリブルで突破。そして、右サイドでルカクからボールを受けたデブルイネが強烈な右足シュートで追加点を奪った。

 2―0とした後の時間の進め方。ブラジルに押し込まれながらも、ベルギーの戦い方は「大人」だった。それは経験から来るものだろうが、決勝トーナメント1回戦でベルギーに逆転された日本とはまるで違うものだった。

 ちなみにW杯の決勝トーナメントで2点のリードがひっくり返ったのは、1970年メキシコ大会の準々決勝でイングランドが西ドイツ(当時)に2―3で逆転負けして以来、48年ぶり。その頻度の低さを考えると、日本でまことしやかに言われている「2―0が一番危ない」という格言は、いったい何を根拠にしているのだろうか。

 押し込まれても、それを当たり前のように耐えられる。欧州や南米の伝統国には、そのようなメンタリティが備わっている。主導権を握れないサッカーでも戦えるのだ。

 考えてみると、自分たちの思うままに攻め続けて、90分間の試合を終える国なんてほとんどない。あるとしたら、ブラジルとオランダぐらいだ。そして、オランダは攻め続けるが故に、W杯本大会の出場権を逃すこともある。そう考えると、受け身になって守る時間もまたサッカーの重要な一部として考えていかなければならない。

 ブラジルの猛攻に、後半31分には1点差に迫られるゴールを許した。だが、組織を整え直したベルギーは肝が据わった守備で時計の針を進めていった。それはゴール前にクルトワという絶対的信頼が置けるGKが存在したからだろう。

 前半37分のコウチーニョ、後半10分のパウリーニョ、そしてロスタイムに入った後半49分のネイマール。ブラジルのビッグチャンスは、ことごとく199センチの長身GKに阻まれた。このクルトワがいなかったら、ベルギーが2点のリードを守り切れたかは分からない。だが、ベルギーは攻め込むブラジルをいなして、86年メキシコ大会以来となる2度目のベスト4入りを果たした。

 ビッグトーナメントを勝ち抜くには、優れたGKが不可欠だ。ベルギーがブラジルを2―1で下したこの試合は、まさにこのことを証明した。メッシ、ロナルド、ネイマール。彼らアタッカーたちは常に脚光を浴び続ける。しかし、1点を与えないという意味ではクルトワが示した存在感は彼らよりはるかに上だった。

 そういえば86年メキシコ大会のチームにも、優れたGKがいた。ジャン=マリー・プファフという冗談の好きな男だった。

岩崎龍一(いわさき・りゅういち)のプロフィル サッカージャーナリスト。1960年青森県八戸市生まれ。明治大学卒。サッカー専門誌記者を経てフリーに。新聞、雑誌等で原稿を執筆。ワールドカップの現地取材はロシア大会で7大会目となる。

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