【特集】ロシア、「誇れる」敗戦 W杯、紙一重で4強入り逃す

ロシア―クロアチア PK戦でキックを外し、天を仰ぐロシアのフェルナンデス=ソチ(共同)

 史上2回目となる不名誉を見ることになるのではないか―。ワールドカップ(W杯)ロシア大会の前にして、サッカー好きの間ではこんなことが言われていた。それは、開催国のロシアがグループリーグで敗退してしまうこと。W杯では、大会を盛り上げることなどを狙って、開催国に有利な対戦カードが組まれる。それゆえ、決勝トーナメントに進むのが〝常識〟となっている。事実、今回で21回を数えるW杯でこの〝常識〟が崩れたのは、2010年の南アフリカ大会しかない。

 とはいえ、このような見立てもあながち間違っていなかった。何しろ、ロシアの国際サッカー連盟(FIFA)ランキングは、出場32カ国で最下位の70位。加えて、国際舞台で輝きを放ったのは、ベスト4入りした2008年の欧州選手権までさかのぼらなければならない。まさに「期待薄」だったのだ。そんなチームが見せた躍動は、ロシア国民に「W杯を開催してよかった」と思わせるものだったのではないだろうか。

 スペインとの決勝トーナメント1回戦。PK戦までもつれ込んだ試合は、眠さを堪えるのに苦労する刺激の少ない退屈な試合だった。10年大会の王者であるスペインには技量で劣る。そのため、守備を固めてPK戦も含めたワンチャンスを生かすということ以外に勝機を見いだせなかったのだろう。

 そんな〝つまらない〟サッカーを見せたチームが1週間後には一転して、かなり魅力的なサッカーを展開するのだから驚いてしまう。7日夜(日本時間8日未明)に行われた準々決勝クロアチア戦のことだ。

 本大会開幕戦でサウジアラビアと戦ってから、5試合目。初戦と比べると、現在のロシアは大きく違うチームになったのだろう。簡単にいうと、個々の選手だけでなく、チーム全体として急激な成長を果たしたのだ。

 ポゼッションという観点で見ると、モドリッチやラキティッチといった名手を中盤に擁するクロアチアには到底かなわない。だから、シュート数も19本のクロアチアのおよそ半分の10本にとどまった。一方、枠内シュートはクロアチアの3本を上回る5本。相手GKに脅威を与えるサッカーは、見ている者に対して期待を抱かせるものだった。

 果たして、ロシアは前半31分に先制点を挙げる。1トップのジュバをポストに使い、ワンツーを受けたチェリシェフの左足シュート。約20メートルの距離から放たれたカーブ系の軌道は、GKスパシッチも反応できないもの。それにしてもチェリシェフは左足のキックがうまい。そして、チェリシェフが見ほれるほど美しいゴールを決められたのは、シュートを打つということを意識しているからに違いない。

 一方、クロアチアも日本のサッカーが持ち合わせていないものを見せてくれた。前半39分の同点ゴールだ。ペナルティーエリア左を突破したマンジュキッチのマイナスのピンポイントクロスを、クラマリッチがヘディングで決めた。このように2人のコンビネーションだけでゴールを奪ってしまうプレーを目の当たりにすると、これこそが高い「決定力」というのだと思い知らされた。

 90分では決着がつかず、両チームともに決勝トーナメント1回戦に続く延長戦へ。体力的にきついなかで勝ち越しゴールを挙げたのはクロアチアだった。延長前半11分に右CKからビダがヘディングで合わせた。

 さすがのロシアもこれで終わりかと思ったが、ここから勝利に対する「半端ない」執念を発揮する。延長後半10分にペナルティーエリア右で得たフリーキック(FK)のチャンス。ジャゴエフのキックを右サイドバックのフェルナンデスがヘディングで合わせ、土壇場で2―2の同点に追いついてみせたのだ。

 ロシア、クロアチアともに2戦連続のペナルティーキック(PK)戦。結果は2本失敗したロシアに対し、失敗を1本に抑えたクロアチアが4―3で勝利を収めた。W杯に初出場した1998年フランス大会以来となる準決勝進出だ。

 PK戦の最中、ロシア3人目のフェルナンデスが蹴るときに悪い予感を覚えた。これは正確なデータを取っている訳ではないのであくまでも個人的な感覚なのだが、試合中にゴールを決める活躍を見せた選手がPKを外す確率がなぜか高いような気がする。案の定、フェルナンデスはインサイドキックをうまくミートできなかった。右足インサイドで左を狙ったPKがグラウンダーの場合、左側に切れていく確率は高い。フェルナンデスのキックは、明らかなミスといえた。

 開催国が消えたW杯。しかし、今大会はロシアにとって大成功だったのではないだろうか。グループリーグ敗退すらささやかれていたチームが、限りなく4強に近いベスト8入りを決めたのだから。

 ロシア国民はサッカーの喜びをどう表現すればいいにか戸惑っているのではないか。大会が始まったばかりのころ、ロシアの街を歩いていてそんなことを感じた。ところが、スペインを下したモスクワのルジニキ競技場は国民が完全に一つになった熱量で包まれていた。確かに自国チームは紙一重ながら敗退した。しかし、これは「誇れる」敗戦だ。ロシア国民は―悔しさはもちろんあるだろうが―胸を張って街を歩いているに違いない。

岩崎龍一(いわさき・りゅういち)のプロフィル サッカージャーナリスト。1960年青森県八戸市生まれ。明治大学卒。サッカー専門誌記者を経てフリーに。新聞、雑誌等で原稿を執筆。ワールドカップの現地取材はロシア大会で7大会目となる。

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