金正恩氏の「処刑動画」公開が招く体制の危機

北朝鮮国営の朝鮮中央通信は2日、金正恩党委員長が中朝国境地域にある新義州化学繊維工場と新義州紡織工場を現地指導したと伝えた。

同通信はこの中で、金正恩氏が工場担当者らを叱責した内容を細かく伝えている。金正恩氏は3年前にも、スッポン養殖工場の管理不備に怒りを爆発させたことがある。そのときは支配人が処刑されたが、金正恩氏の怒りの表情は動画でも確認された。

北朝鮮で工場の支配人と言えば、幹部ではあるが、国家全体の中では「中間管理職」に当たる。社会のあらゆるやり取りでワイロが飛び交う北朝鮮では、このクラスの幹部にも様々な「利権」がある。

しかしもちろん、良いことばかりではない。上述したスッポン養殖工場のケースのように、ちょっとした不運が文字通り「死」を招くこともある。

デイリーNKの内部情報筋によれば、冒頭で触れた現地指導の報道を見た北朝鮮国民の中から、「指導者が、また中間幹部(管理職)に責任を押し付けようとしている」との声が出ているという。

北朝鮮当局は最近、相次いで行われた南北・米朝・中朝首脳会談を、金正恩氏の「偉大な業績」として宣伝している。とくに史上初の米朝首脳会談については、庶民の中からも感嘆の声が上がったとされる。また、今年だけで3度にわたった中朝首脳会談を受けて、貿易関係者の間にも今後に向けての期待感がある。

しかし、国連安全保障理事会による対北朝鮮制裁決議はなお厳然と存在しており、ただちに解除されそうな気配はない。これがある限り、北朝鮮貿易の本格的な再始動はあり得ず、国民の手に利益が届く日も来ないのだ。いつまでもそのような状態が続けば、せっかくの「偉大な業績」にもケチが付く。

金正恩氏はそれを避けるため、「経済が回らないのは中間幹部が怠けているから」であるとのイメージを植え付けるべく、現地指導で「怒り」を表して見せたというのが、情報筋らの見立てなのだ。

金正恩氏の真意はわからないが、北朝鮮の中間管理職が、このように「ババ」を引かされるのは昨日きょう始まったことではない。

しかし実際のところ、北朝鮮のようにカネもモノも足りない環境下では、現場の責任者たちが様々な場面で機転をきかせ、あるいは英断を下すことなしに、社会は回って行かない。金正恩氏の恐怖政治が、どうにかこうにか回っている北朝鮮社会の歯車を、完全に狂わせてしまう可能性は低くないのだ。

スッポン養殖工場の支配人を銃殺させ、視察時の動画まで公開した3年前、若年の金正恩氏はまだ、人々の気持ちを過度に委縮させることが国家運営にどのようなマイナスをもたらすか、理解できていないようだった。そういった意味でも、新義州の工場幹部たちにどのような罰を下すのか、あるいは下さないのか、続報が大いに気になるところだ。

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