見えない堰堤(かべ) 石木ダム訴訟判決・<上> 古里守る「信念貫くだけ」 反対地権者 控訴へ

 石木ダムは必要か否か-。長崎県と佐世保市、反対地権者らの間で平行線をたどる論争に、司法は9日、「必要」との判断を示した。長崎県と佐世保市は事業推進に意欲を示す一方、反対地権者らは「不当判決。立ち退く考えはない」として徹底抗戦の構えだ。双方の間には分厚い壁が立ちはだかり、ダムの完成は見通せない。
 裁判長が「請求棄却」を告げると、静まり返った法廷に深いため息がもれた。「住み慣れた古里を奪わないで」との願いを託した判決の言い渡しはわずか1分程度で終わり、原告らの訴えはことごとく退けられた。「不当判決」「納得できない」-。建設予定地の東彼川棚町川原(こうばる)地区の住民は一様に失望の声をもらし、「古里を湖底に沈めさせない」と固い決意を口にした。
 「今までどおり、信念を貫くだけ」。原告で地権者の炭谷猛さん(67)は長崎地裁を出るなり、そう言って自らを奮い立たせた。川原地区の総代を務め、家には200年以上前からの先祖の名が記された過去帳が伝わる。「生まれてから一度も住所変更をしたことがない」ことがささやかな自慢だった。ダムの必要性への疑問がぬぐえないまま、代々受け継いできた土地が強制収用される。「これが公共の利益の代償なのか」。意見陳述でこう訴えたが届かなかった。「あくまで司法判断。世論に訴えるため、これまでより声を大きくする」と唇を結んだ。
 判決後、原告らは長崎県庁に向かい、あらためて事業中止を求めた。「立ち退かないと言っている13世帯がいる。ダム完成のために強制的に排除するのか」。原告弁護団長の馬奈木昭雄弁護士(76)が詰め寄ったが、長崎県の担当職員は「明け渡してもらえるようにお願いしたい」と従来どおりの回答を繰り返した。
 原告のうち、土地の所有者ではない住民は「原告不適格」として却下された。岩下すみ子さん(69)もその一人。反対地権者の中心である和雄さん(71)に嫁いで約40年、川原地区に住む。「培われた歴史があるのに、訴える権利がないというのは血が通っていない。私たちを人間としてではなく虫けらのように扱っている」と憤った。
 同じく「不適格」とされた住民の石丸穂澄さん(35)も「生活の全てを否定されたみたい」と肩を落とした。5月に八ツ場ダム(群馬県長野原町)の代替地を視察。移転した住民のつながりが薄れ、地域が疲弊していくのを感じた。「代替地に移転すればコミュニティーの再現は可能」とする判決に「絶対不可能」と反論する。裁判官の現地視察があったことに「何を見たのだろう」ともらした。

 ■河川工学上は妥当/夛田彰秀長崎大学大学院教授(河川工学)の話

 河川工学の観点から妥当な判決と言える。ダムが持つ洪水調節などの機能が、住民の生命と安全に直結する点を裁判官が重視した。石木ダム事業の費用と効果を分析した上で、同事業の「公共の利益」が司法から認められた点は高く評価できる。

 ■行政に全面的追従/五十嵐敬喜法政大名誉教授(公共事業論)の話

 治水や利水について、判決で認めているダム事業の数値が、本当に正しいのか疑問が残る。佐世保市のこれまでの水需要予測と実績値には落差があり、同市の水需要予測が過大なのは明らかだ。行政に全面的に追従し、独立性を失った判決だ。

判決後、長崎県側に石木ダム事業撤回を求める原告ら=長崎県庁

© 株式会社長崎新聞社