【特集】教祖「死刑執行」が残したもの ウオッチャーの視点(2)

映画監督の森達也さん(左)とジャーナリストの江川紹子さん(右)

 松本智津夫元死刑囚(教祖名・麻原彰晃)の刑が執行されてから5日。地下鉄サリン、松本サリン、坂本堤弁護士一家殺害などオウム真理教による一連の事件、公判のいきさつを振り返り、識者たちがメディアで持論を展開している。結局、何が問題なのか。どんなことを教訓にすべきなのか。長年教団の問題をウオッチしてきた人たちの言葉は示唆に富み、時に視点やスタンスの違いもある。(共同通信=柴田友明)

 「なぜ麻原が壊れたと断言するのか」

 執行の約1カ月前、6月4日に作家やジャーナリスト、映画監督らが「オウム事件真相究明の会」を発足、東京都内で会見した。筆者も出席した。

 会の起案文には「死刑執行はカウントダウンと言われていますが、地下鉄サリン事件の動機など、真相は解明されたとは言えない」「精神科医の意見書では、麻原は詐病ではなく…重度の意識障害であり、適切な治療によって精神状態の改善、訴訟能力の回復が見込まれると報告されている」などと発足の趣旨が書かれていた。

 田原総一朗さん、宮台真司さん、香山リカさん、雨宮処凛さんらが会の呼びかけ人として集まった。質疑では主に映画監督の森達也さんが答えた。オウム真理教を内側から描いたドキュメンタリー映画「A」「A2」を制作、著書「A3」では麻原法廷のいびつさを訴えたことで知られている。

 筆者は森さんに尋ねた。「森さんは2004年の一審判決で傍聴席にいて彼(松本元死刑囚)の精神状況について書いている。同じ傍聴席には警視庁の元捜査幹部もいて、森さんとは全く違う見方で、(精神的に問題なく)責任能力があるとみていた、その違いはどういうところから生じるのか」

松本元死刑囚の刑が執行された東京拘置所(左)と拘置所前で警備に当たる警察官=2018年7月6日、東京都葛飾区

 森さんは筆者の目を見つめてこう語った。「まず大前提として、人は同じものを見ても違うことを考えます。一つの現象に対してどう評価するかは違いがあって当然だと思います。(一審判決の2004年当時)記者の方から『森さんは何をもって麻原が壊れていると断言するのか』と聞かれました。僕は(初めて)傍聴して麻原を目にしてどう考えても常軌を逸していると説明した。『あれは壊れていない。意識がどこかにいっているだけだ』と言われた…たぶん、だれもがおかしいと思いながら、おかしいと言えない。そう言えない自分を正当化する。正当化バイアス(がかかっている)。僕は一審(判決)で気づけたけれど、最初から傍聴していたらそのうちの1人になっていた可能性はあります」

 「死刑逃れとか、裁判を長引かせる、それが詐病の目的ですね。現象としては全部逆なんです。もし僕が麻原だったらもう詐病をやめます。もう10何年も、だれとも口をきいていません。詐病でこれができるなら、それこそ僕は(松本元死刑囚は)怪物だと思います」

 森さんの主張はブレない。7月6日の執行後、共同通信の取材に「治療を受けさせ、裁判を再開して語らせるべきだった。肝心な首謀者の動機が分からないままふたをし、なぜ事件を起こしたかが不明なため不安と恐怖から逃れられていないのが今の日本社会だ。戦後最大級の事件で、首謀者の裁判が実質的に一審だけで終わるのはあり得ないのに、メディアも強く反対しなかった。松本元死刑囚に対する社会の憎悪に、司法とメディアが従属したようなものだ」

 「事実語らないのは、彼自身の意思」

 一方で、ジャーナリストの江川紹子さんは6月13日付のウェブ記事で、「オウム事件真相究明の会」への大いなる違和感というタイトルで次のように批判した。

 「『真相究明』と言うが、オウム事件は、裁判を通じてすでに多くの人の事実が明らかになっている」「森達也氏は『地下鉄サリン事件はオウム絶頂期であり、サリンをまく動機がわからない』と述べているが、とんでもない。当時の教団の差し迫った状況を知ってから語っていただきたい」「『治療』によって麻原が自発的に真実をしゃべると本気で考えているとしたら、オウム真理教やこの男の人間性について、あまりにも無知と言わざるをえない」

 江川さんは刑執行後にウェブ記事に「麻原が、最初に執行されるのは当然だ。ただし、元弟子6人を教祖と同時に執行したのは、極めて遺憾だった」と書いている。共同通信に「弟子たちの裁判に証人として呼ばれたときには『うそをつかない』という宣誓の意味を理解したうえでこれを拒否するなど、自身を防御する合理的な行動を取っていた」と述べている。

 では今後どうするべきなのか。江川さんは「事件の死刑囚は(残る)6人となった。…彼らはカルトによる未曽有のテロ事件の生き証人である。その彼らを何ら調査研究に活用する機会を失ってよいのだろうか」「地下鉄サリン事件が起きた1995年以来、繰り返しお願いしてきたことだが、カルトの怖さ、問題点。そこから身を守るための注意事項など、オウム事件を知らない若い世代に情報として伝えるようにして欲しいと思う」とウェブ記事で訴えている。

報道機関に公開された東京拘置所の刑場。3つのボタン(中央左)が押されると、そのどれかが作動して踏み板(奥の囲み部分)が外れる=2010年8月、東京・小菅

 「それこそ単なる鬼畜、血に飢えた殺人鬼になってしまうのではないか」。主なオウムの事件にかかわり、公判でも全く反省を示さなかったとされる新実智光元死刑囚。取調官に彼はそう語ったという。元捜査幹部に聞いた。自らの行いを悔い、松本死刑囚への帰依を否定すれば、自らを「鬼畜」と認めることになる。そんなことはできないという心理状況を率直に語ったとも言える。生き証人として彼の言動をもう聞ける機会はない。

© 一般社団法人共同通信社