「近道と遠回り」でゴールを生む。“新しくて古い”伊賀FCくノ一、二冠への道

プレナスなでしこリーグ2部を首位で折り返した、伊賀フットボールクラブくノ一。昨季1部最下位に終わり、2部降格を味わった古豪は、リーグ戦同様にカップ戦でも快進撃を続けている。

リーグカップ2部Bグループの第8節、伊賀はバニーズ京都SCを3-1で破った。Bグループの首位を走る伊賀は5勝2分無敗だ。

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その後の結果、最終節を残して同組2位・岡山湯郷Belleに勝点2の差をつけ、首位のみに与えられる決勝進出まであと1歩に迫っている。

前回、伊賀の試合を取材した際に印象的だったのは、今季から6年ぶりに指揮官に復帰した大嶽直人監督が採用しているシステムだった。

見た目は通常の<4-3-3>で、中盤がアンカー1人+インサイドMF2人という構成に見えるのだが、大嶽監督も選手たちも、“インサイドMF”ではなく、“シャドー”と呼んでいる。

そして、そのシャドーを定位置としているMF森仁美は第9節まででリーグ最多となる27本のシュートを放っており、主将のMF杉田亜未はリーグカップでの出場7試合7得点。得点ランキングのトップを快走している。

また、大嶽監督は、本来アタッカーのMF作間琴莉を左サイドバックにコンバートし、「うちのサイドバックは中盤の選手だ。サイドバックが中盤で数的有利を作る」と話している。

彼女たちのプレースタイルや上記の言葉を繋ぎ合わせると、伊賀の選手達がピッチ上で作る布陣は<2-3-5>のように見えた。

「Vの字型」に見えるそれは、サッカーというスポーツが出来た19世紀中頃からの約60年間で世界中のチームが採用していた『Vフォーメーション』である。

攻撃時だけでなく、守備時も前からボールを奪いに行く伊賀のサッカーは、先人たちが発明した「最古の戦術」を、現在に復刻させるような戦いぶりなのかもしれない。

【参照記事1】『首位独走の秘訣は「最古の戦術」だ!伊賀FCくノ一の“最新スタイル”とは?』

【参照記事2】『日本代表で『消えない影』となれ!“くノ一スタイル”で杉田亜未が目指す未来』

攻撃的な相手に効く『ファストブレイク』とは?

7月1日、伊賀がホームの上野運動公園競技場に迎えたのは、今季なでしこリーグ2部に昇格してきたバニーズ京都SC。

ただ、昇格組とはいえ、バニーズは就任5年目を迎えている千本哲也監督の下で最終ラインから丁寧に繋ぐパスサッカーを貫いてくるチームだ。

一方、伊賀はカップ戦再開から2戦連続の引き分けを喫したあと、前節からアンカーに今季バニーズから新加入した司令塔タイプのMF澤田由佳(上記写真:背番号5)を初先発に抜擢した。

得点を奪い切れない試合が続いたが、敵地での岡山湯郷Belle戦で0-4と完勝する。そして澤田は古巣対決となるこのバニーズ戦でも継続して先発起用されている。

バニーズのセンターバックコンビは開きながらボールを受けるため、攻撃から守備への切り替え時にスペースが生まれる。

前半の伊賀はそこを何度も突いた。1トップのFW小川志保や左ウイングのFW竹島加奈子がフリーで抜け出す場面も多かった。

相手がボールを持っている時ほど、ゴールへの最短距離の道は拡がっている。奪ってから速く――とは、バスケットボールで言うところの「ファストブレイク」である。

ただ、この日の伊賀は4バックとアンカーの後方部隊5人と、1トップ+2シャドー+両ウイングの前方部隊5人が分断。間延びしてオープンな展開になっていた。チャンスが多かったのは確かだが、逆にピンチも多かったのも事実だった。

伊賀は21分、華麗なパスワークから中央突破しMF杉田が先制点をあげたが、やはりというべきか直後の27分に失点を喫する。その起点はハーフウェイライン付近からの早いリスタートだった。

浅いDFラインの背後へ送り込まれたロングボールに、長い距離を走って抜け出したバニーズのMF林咲希が反応。GK井指楓の頭上を抜くループシュートが決まり、同点に追いつかれたのだ。

今季の伊賀は、ボールを失った瞬間から連動したプレスを激しく仕掛けていく。それによって相手チームにプレーする余裕や考える時間を与えず、相手陣内でボールを即時奪回することを目指している。

だからこそ<2-3-5>の前衛的なシステムが機能しているのだが、この日の前半は良くも悪くもVフォーメーション時代のような「古き良き時代のサッカー」になっていた。

“新たな左サイドバック”作間が生み出す「遠回り」

1対1で折り返した後半、大嶽監督は55分という早い時間帯に2枚の選手交代のカードを切る。

アンカーには技巧派のMF澤田に替わり、リーグ戦全試合フル出場しているMF乃一綾。また、右ウイングをベテランのMF下條彩から、2年目のMF山嵜菜央にスイッチした。

DFもこなす乃一は澤田のような繊細さはないが、レンジの長いパスでの展開力やプレー強度の高さでボールを奪い切れるのが魅力。また、山嵜は得点に直結するオフ・ザ・ボールの動きに優れる下條と違い、よりサイドから鋭いキレのあるドリブルで仕掛けられる。

つまり、伊賀は選手交代を機に攻撃に幅をもたらすサイド攻撃に力を注いできたのだ。

その効果は即座に表れた。

59分、中央の杉田から右サイドへ展開。右SB松久保明梨からのパスを受けた右ウイングの山嵜は、ゴールライン際から鋭く速いグラウンダーのクロスを折り返す。中央へ入って来た杉田が倒れ込みながらも右足でゴールに蹴り込み、スコアは2-1となった。

ゴールへの“最短距離”を走るのがファストブレイクであるならば、“遠回り”と表現できるのが、サイド攻撃だ。

ただ、シンプルなサイドからのクロスだけでは得点はあまり期待できない。その点、今季の伊賀では左SBとしてプレーしているMF作間(下記写真)に注目だ。

作間は時にはセットプレーのキッカーも担当する精度の高い左足のキックを持つ。当然ながらシンプルなクロスも十二分に蹴れる選手だが、彼女の存在がサイド攻撃に深みを加えている。

作間が左ワイドでボールを持った時、近い側のペナルティエリアぎりぎりにシャドーの杉田や森が走り込んでくる。その動きに合わせて作間は、短くも正確で鋭いスルーパスを供給するか、ワンツーを駆使して自らがより深い位置へ入り込み、リターンパスを受けて突破する。

どちらの場合もぺナルティエリア内のゴールライン際まで突破しての折り返しになるため、相手守備陣は自陣ゴールに戻りながらの対応となる。

人とスペースのケアが難しくなるため、サイド攻撃から決定機が生まれるのだ。それが「“ニアゾーン”の攻略」である。

試合はこのあと、セットプレーでのゴール前の攻防から、森のヘッドが決まって3-1。ホームの伊賀が突き放して勝利をもぎ取った。

「最古の戦術」と「最新の運用」で、頂点に立て!

ボールホルダーにプレスがかからないまま、高く保っていたDFラインの背後を突かれて失点した場面など、まだまだ課題は多い。

ただ、「ファストブレイク」と「サイド攻撃」で緩急や幅を利かせることで、この日の杉田の先制点のように華麗なパスワークでの「中央突破」の可能性も高まる。実は、<2-3-5>の布陣の立ち位置は、ピッチを縦に5分割する「5レーン理論」にも近い。

シーズンが進むにつれて、「最古の戦術」を最新トレンドで運用し始めた伊賀。まずは敵地でのグループリーグ最終節・ASハリマアルビオン戦で勝利し、決勝進出を決めたいところ。

そして、7月21日の土曜日に東京都の味の素フィールド西が丘で開催される決勝で、カップを掲げたい!(同日同会場では、なでしこリーグカップ1部の決勝も開催)

筆者名:hirobrown

創設当初からのJリーグファンで、各種媒体に寄稿するサッカーライター。好きなクラブはアーセナル。宇佐美貴史やエジル、杉田亜未など絶滅危惧種となったファンタジスタを愛する。中学・高校時代にサッカー部に所属。中学時はトレセンに選出される。その後は競技者としては離れていたが、サッカー観戦は欠かさない 。趣味の音楽は演奏も好きだが、CD500枚ほど所持するコレクターでもある。

Twitter:@hirobrownmiki

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