<中>60人の出演者 それぞれの思い胸に稽古

 市民ミュージカル「赤い花の記憶 天主堂物語」の出演者は、3月のオーディションを経て選ばれた県内出身の8~67歳の60人で、このうち劇団出身者はわずか10人ほどだ。ほかは公務員や保育士、会社社長らで、親子で参加したり、カトリック信者だったりとさまざま。出演者はそれぞれの思いを胸に毎週末、稽古に汗を流している。
 「部活を休部してでも出演したかった」。こう話すのは県立長崎東高2年、大下(おおしも)日向子さん(16)。今回初めてミュージカルに挑戦するが、コーラスの経験があり、透き通った歌声の持ち主であることから、日本二十六聖人の殉教者の一人「聖アントニオ役」に抜てきされた。深い信仰心や死への恐怖などの高い表現力が求められる難しい役の一つだ。
 大下さんは大浦天主堂に近い市立大浦小出身。2年前に妹と弟がこの作品に出演した。その際に鑑賞し、身近な大浦天主堂にまつわる物語と出演者の演技に感動し涙を流したという。
 「この世界に入りたい」。大下さんは再演を知り、迷わず応募。高校で吹奏楽部に所属し、ミュージカルの公演と吹奏楽部コンクールの発表の時期が重なってしまったが、友人や家族は応援してくれた。「役をもらって周りの風景が新鮮に感じられるようになった。人生に未練がないような聖アントニオの生きざまを、覚悟を持って演じきりたい」と意気込んでいる。
 主役のフランス人神父プティジャン役は壱岐市出身で北九州市を拠点に活動しているプロのバリトン歌手、横山浩平さん(34)。2014年の初演時から務めている。
 ウィーン国立音楽大が06年にオーストリアで開いたモーツァルトの「フィガロの結婚」のアルマビーバ伯爵役でオペラデビュー。その後、東京や福岡でもオペラの主要キャストとして出演し、実力は折り紙付き。伸びやかで力強い歌声が長崎OMURA室内合奏団の演奏と相まって、作品に厚みを加えている。
 今回も実行委から出演を依頼された。ただ自身の活動の幅を広げたいという思いから、出演するかどうか「正直迷った」と明かす。だが、待望した世界遺産登録の記念の年。「これほどタイムリーな作品に出演する機会は今後、人生ではあまりない。プティジャン神父役の集大成にしたい」と話す。
 本番まで残り1カ月半ほどとなり、稽古の熱も高まってきた6月3日。思いも寄らない知らせが稽古場に舞い込んだ。
 「寺井さんが心臓の病気で出演できなくなった」
 プティジャンと並ぶ主役である棟梁(とうりょう)・小山秀之進役の作家、寺井順一さん(63)=大村市=が体調不良で、代役が必要となったのだ。

日本二十六聖人の殉教者の一人を演じる大下さん(左)=長崎市内

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