リアル『万引き家族』の実態……万引きGメンが見た「ホームレスのような兄妹、その壮絶な暮らし」

 先日、『カンヌ国際映画祭』でパルムドールを受賞した是枝裕和監督作品の『万引き家族」を、ウチの近所にある映画館で拝見しました。この記事を監修されている伊東ゆうさんが制作協力されていると聞いたので、公開されたら必ず見ようと決めていたのです。長年に渡って万引きの現場を見てきたからこそ、役者さんの凄味を余計に感じてしまったのかもしれませんが、冒頭の万引きを実行するシーンが強く印象に残りました。私自身、伊東さんのセミナーに参加したことがあるのですが、現場の実態を豊富な資料でわかりやすく解説されるので、役者の皆さんも演技の参考になったことでしょう。大変素晴らしい作品でしたよ。

 実際の現場でも、親子や夫婦、兄弟、時には一家まるごとなど、家族による共犯で万引きする人たちと遭遇することがあります。なかでも幼い子どもを利用した万引きは悪質で、盗むモノを子どもに指示しておきながら、捕まった後には子どもが勝手にやったことだと居直る鬼畜のような親も多数見てきました。現場の状況から明らかな共犯関係にあるのに、「俺たちは関係ない」と、成人した子どもに罪を擦りつける老夫婦にも遭遇したことがあります。同居する彼らの、その後の暮らしがどうなったのか気になりますが、それを知る術はありません。

 ベビーカーで眠る乳児の背中に、高級和牛肉を隠して外に出た若い主婦を捕まえた時には、同じ女として許せない気持ちになりました。ぐずり続ける乳児の、悲鳴にも似た泣き声と、乳児の体温で茶色に変色してしまった生肉が、いまも脳裏に焼きついたまま残っています。

 夫婦や兄弟の共犯による犯行は珍しくなく、旦那の背中を使って自分の手許を隠して万引きする常習夫婦を捕まえた時には、その熟練された万引き技術に我が目を疑う気持ちになりました。後日、この件で証人として裁判所に出廷した際、夫婦合わせて三十犯以上の犯歴があると聞き、妙に納得したことを覚えています。

 最近は、万引きの現場からネグレクトが発覚することもあって、被害児童を加害者として扱わなければならない不条理に涙したこともありました。一昨年の夏、S県のベッドタウンに所在するスーパーの店長から、日常的に食料品を万引きする小学生がいるので捕まえてほしいという依頼を受けた時の話です。開店時刻に合わせて現場に入り、事務所まで挨拶に行くと、どうやら私を待ち受けていたらしい店長より、防犯カメラから抽出された手配写真を渡されました。

「一番捕まえてほしいのは、この子たちです。夏休みだから何時に来るかわからないけど、毎日必ず万引きしにくるので、よろしくお願いします」

 毎日万引きされていることがわかっているなら、自分で捕まえればいいじゃないか。そう思われることでしょうが、危険負担や誤認事故を嫌って、店員などによる万引き犯の検挙を禁じている商店は多いのです。

 手配写真を見ると、ホームレスのように薄汚れた服を着た小学生らしき2人の男児と女児が、入口から入ってくる様子が写っていました。2人の手には使用感のある空のレジ袋が1枚ずつ握られており、この瞬間を見ただけでも、万引きしにきたとわかる1枚です。店長によれば、2人は兄妹らしく、親といる姿は見たことがないということでした。どんな境遇にある子たちなのだろう。そんな思いを抱えて現場に入ると、昼前のピークに合わせて、写真と同じ格好をした2人の子どもが店の中に入ってきました。2人の顔を見れば、まったく年齢に合わないギラついた目をしており、体全体から“近づくな”という威嚇意思を醸し出しています。気付かれぬよう、少し距離を取って追尾すると、前を歩く子どもたちから、何日か体を洗ってない人のニオイが漂ってきました。衣服や靴など身につけているものを見ても、全体的に黄ばんでおり、靴に至ってはアニメ柄の部分に穴が開いている有様です。

 捕まえれば、きっと面倒なことになる。

 そんな思いで追尾すると、総菜売場で弁当やおにぎりを手にした2人は、その場にしゃがんで持参したレジ袋の中に隠してしまいました。飲料やお菓子など、いくつかの商品も同様の手口でレジ袋に隠した兄妹は、レジ店員の動向を窺いつつ出入口脇にある休憩所に入っていきます。

(ここで食べちゃうのかな? お弁当を開けたら声をかけよう)

 そう心に決めて売場の物陰から2人の動向を見守っていると、よれたレジ袋から弁当を取り出し、馴れた手つきで電子レンジの扉を開いてスタートダイヤルを回しました。どうやら弁当とレンジ皿の大きさが合わないようで、弁当のパックがレンジ内で引っかかるたびに、ゴツゴツとした異音が休憩所内に鳴り響いています。

 およそ2分後、熱くなった弁当をつまむように取り出した2人は、テーブルに座って弁当のパッケージを開きました。もう声をかけなければならない状況にありますが、弁当を前にした2人のうれしそうな顔を見て躊躇した私は、どうにも歩を進められません。盗品である弁当は、回収しても廃棄されます。それならば、きっとおなかが空いているのであろう2人の腹を満たしてしまった方がよいのではないか。服務規程的に違反してしまう話かもしれませんが、そう思ってしまったわけです。

 あっという間に弁当を食べ終えた2人は、ペットボトルの栓を開いて口をつけると、レジ袋の中から菓子を取り出しました。さすがに、食後のおやつまで与えてしまうのは、いかがなものか。そこでスイッチの入った私は、スナック菓子のおまけを見てはしゃぐ2人の横に座って、やんわりと声をかけます。

「こんにちは。おばちゃんね、ここのお店の人なんだけどさあ、僕たちお弁当のお金、持ってる?」
「…………」
「お父さんかお母さんは、近くにいるの?」
「…………」

 今日も捕まらないと、きっと安心していたのでしょう。幼いながらも、声をかけられて全てを悟ったらしい2人は、だんまりを決め込みました。法的にいえば、黙秘というやつです。この2人には捕まった経験がある。そう確信した私は、彼らが食した弁当の空き箱や飲料水のボトルを犯罪供用物であるレジ袋に入れて証拠を保全し、逃走防止のため、近くにいた店員さんに声をかけて、事務所までの同行を補助してもらうことにしました。声かけ時に反抗的な被疑者は、証拠隠滅や逃走に及ぶことが多いので、たとえ相手が子どもであっても油断できないのです。声をかけたからには、完璧な状態で引き渡す。その鉄則は、老若男女、国籍を問わず、どんな被疑者に対しても変わることはありません。

 2人を事務所に連行して店長に判断を仰ぐと、できることなら警察を呼ばずに、保護者を呼んで引き取ってもらいたいという意向でした。しかし、名前や連絡先を聞いても2人は何も答えず、ただ俯くばかりです。仕方なく警察に通報すると、まもなく現場に臨場した少年課の刑事さんが、困り果てた顔で言いました。

「商品の買い取りはできないと思うんですが、よろしいでしょうか?」
「どういうことですか?」

 刑事さんに話を聞けば、少し前に2人を扱った時、両親がおらず認知症のおばあちゃんに育てられていることが判明したというのです。どうやら満足な食事も与えられていない環境で暮らしているらしく、前回は、児童相談所に通報して引き渡したとのことでした。万引きの現場には、さまざまな社会の闇が詰まっているのです。

「この子たち、あまり学校にも行けてないみたいで……」

 刑事さんの話を聞いた私は、なにもできない自分に腹が立つような思いがして、とても悲しくなりました。憎き常習者を前にした店長も、2人の境遇が普通じゃないことを理解したらしく、封を切ってしまったお菓子を食べさせ、盗んだおにぎりも持たせています。警察に引き渡した後の彼らが、どのような処置を取られたのかわかりませんが、少なくともご飯だけは食べられる環境にいてほしい。ただ、そう願うばかりです。
(文=澄江、監修=伊東ゆう)

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