<下>熱い思い 世界遺産登録祝う作品に

 体調不良でミュージカル「赤い花の記憶 天主堂物語」に出演できなくなった棟梁(とうりょう)・小山秀之進役の寺井順一さん(63)の代役に選ばれたのは、演劇歴40年と経験豊富で2年前の公演では大工役を務めた舞台俳優の田中がんさん(64)=芸名、長崎市=だった。
 田中さんはもともと今回出演の予定はなかった。稽古場に姿を見せたのは本番を約1カ月後に控えた6月10日。代役に選ばれてわずかな日数だったにもかかわらず、せりふや立ち居振る舞いを完璧に覚えており、出演者を驚かせた。
 温厚さが持ち味の寺井さんの演技に対し、迫力があるのが田中さんの特徴だ。記者は、稽古場の緊張感が一気に増したように感じた。「寺井さんが築いてきた役柄に、自分の色を重ねたい」。田中さんは代役出演への思いをこう語った。
 「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」の世界遺産登録から一夜明けた7月1日。長崎市諏訪町の市立諏訪小の体育館で公開稽古が開かれ、全てのシーンの細かい振り付けや立ち位置、全体の流れを確認した。「教会に響かせるような歌声で歌って」「結婚式のシーンはあたたかく見守るように振る舞って」。演出家の菊池准先生(67)らがシーンごとに計約1時間「ダメだし」をした。
 記者はカステラの作り方をプティジャン神父に説明する市民の役だ。約20人と一緒に、リズミカルな音楽に合わせて「かすていら、かすていら」と歌い踊るのだが、これが難しい。ミュージカルは初体験だが、だからといって出演者の足を引っ張るわけにはいかない。記者がひと言だけ発する別のシーンでは、菊池先生から立ち位置の指導を受けた。
 「世界遺産登録の推薦取り下げなど、さまざまなことがあった。登録が決まった瞬間は本当に感慨深かった」。作品の脚本を手掛けた作家の小川内清孝さん(59)も熱い思いを持つ一人だ。そしてこう続ける。「今までは世界遺産登録を支援する作品だった。しかし今回は市民、出演者、スタッフと一緒にお祝いする作品にしたい」
 初演から、大工らの食事を世話する「トキ」役を務める学校図書館司書の岩永ゆかりさん(56)=大村市=は「これまでこの作品に関わった人の思いを胸に演じ、信徒発見など後世まで伝えられたカトリックの歴史を長崎から世界に発信したい」と語った。
 21日の本番まで残りわずか。最後の公演に向け、スタッフや出演者全員の熱気は高まっている。

 公演は21日午後2時と同6時半、長崎市茂里町の長崎ブリックホール。チケットは一般2千円、小中高生千円など。問い合わせはミュージカル実行委(電095・895・7648)。

ラストシーンを歌い上げる出演者=7月1日、長崎市立諏訪小

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