SNSで#自殺募集なぜ 居場所求める10代「同じ思いの人とつながりたい」

 ツイッターなど会員制交流サイト(SNS)で自殺する仲間を募る若者が後を絶たない。長崎で5月、「自殺」をキーワードに出会った佐賀県の女子高生と熊本県の男性の遺体が、海底に沈んだ車内で発見された。なぜ、SNS上で気持ちを吐き出し、一緒に自殺する「誰か」を探すのか。自殺願望を抱える若者に取材した。

 「#自殺募集」「#集団自殺」「#死にたい」…。
 ツイッターのキーワード検索欄にいくつか関連しそうな単語を入力すると、記者のスマートフォンの画面にたちまち多くの投稿が表示された。
 「死にたい」と告白していた若者の何人かに、こちらが記者であり、取材目的であることを明かしてダイレクトメール(DM)を送った。しばらくして返信が来た。兵庫県に住むという10代のA子さんだった。
 「早く死にたい。苦しい」「優しい方お待ちしています」。彼女は一緒に自殺してくれる相手を探していた。死にたい理由を尋ねると、A子さんは親からの暴力が原因だと打ち明けた。「親戚にも縁を切られ、自分の希望する進路に進めなかった」
 「最後くらいは誰かと一緒に死にたいな」「知らない相手に会うのは怖いですが、死ぬのならいいかなと思っています」。スマホ越しに顔も知らない同士の交信が続く。返信はすぐに来たり、2時間後だったり。「誰か」はもう見つかったのか。彼女は「まだいない」と返してきた。
 記者は、若者の支援に取り組む専門家の助言を受けながら、SNSのやりとりを重ねた。「近くに相談できる友達、学校の先生はいますか」と尋ねると、「相談しています」。少し安堵(あんど)して、別のメッセージを送ったが、彼女からの返信はそこで途切れた。

 自殺願望がある兵庫県在住の10代のA子さんからの返信が途絶え、記者はうろたえた。「死に急いでしまうのではないか」と不安になった。
 若者支援に取り組む専門家に相談すると、「突然返事がなくなって、一方的にメッセージを送るのは逆効果になる場合がある」と教えてもらった。
 時々スマホをチェックするが、A子さんからの返信はない。

 ■海から2遺体

 「自殺」のキーワードでSNSでつながった男女の遺体が長崎で見つかったのは5月10日だった。
 長崎市深堀町の岸壁から約20メートルの長崎港で、海中を撮影していた男性が、水深約13メートルの海底に逆さまに沈んでいた車を発見。車内に2人の遺体があり、翌11日、佐賀県立高の女子生徒(17)と熊本県の男性(27)と身元が確認された。
 佐賀県警によると、女子生徒の携帯電話などを調べた結果、2人は昨年8月中旬、SNSで知り合っていたことが判明。女子生徒は男性に「一緒に行く」などとメッセージを送り、8月21日に失踪していた。自宅には「今までありがとう」などと自殺をほのめかすような内容の手書きメモ約10枚が残されていたという。
 女子生徒と男性の双方の家族が警察に捜索願を出していた。2人は示し合わせて命を絶ったのか。なぜ長崎だったのか。分からないことが多い。女子生徒が通っていた高校によると、昨年の夏休み前に特に変わった様子は見られず、教頭は「残念としか言いようがない」と取材に答えた。
 自殺防止対策に携わってきた川崎市こども未来局児童家庭支援・虐待対策室担当部長(精神科医)の大塚俊弘氏は、若者世代のSNSの普及について「他者の自殺に誘発されて自殺者が増える若い世代の『群発自殺』の発生を高めた側面はある」との見方を示す。
 一方、「SNS上で誰かに悩みや苦しさを打ち明けることで自殺を食い止める役割も一定担っている」と指摘。第三者がSNSで自殺願望の書き込みなどをキャッチした場合、「『死なないで』などと語り掛け、できる限り専門機関につなげることが大切だ」と助言する。
    
 記者がツイッターでやりとりをした人はもう1人いる。「死にたい」とつぶやいていた千葉県在住の高校1年の女子生徒(16)。
 彼女は、小中学校でいじめに遭い、高校でもクラス全員に無視されたり大声で悪口を言われたりしているという。いじめがエスカレートするにつれて「つらい」という気持ちは、「死にたい」「消えたい」という感情に変わった。
 もし誰かから一緒に死のうと誘われたら-。恐る恐る聞いてみた。こう返信があった。「話にのってしまう。知らない人と一緒に自殺することより一人で死ぬことの方が怖い」
 そもそもなぜツイッターを始めたのか聞いてみると「主な理由」として返事がきた。
 「同じようにいじめで苦しんでいる人や『死にたい』『消えたい』って思っている人とつながりたい」
 「ネットの中だけでも、一人じゃないって思いたい」
 「居場所が欲しい」
 「自分が生きるってことを認めてほしい(自分は生きてても良いって思いたい)」
 彼女にとって、SNSは「死にたい」と考えている誰かと巡り合うためのツール(道具)である半面、自分と同じような境遇の人たちと苦しさや孤独を分かち合う居場所でもあった。
 何度目かのやりとりで、彼女はこんなメッセージを送ってくれた。
 「ツイッターには自分の話を聞いてくれる人がいたり、自分以上につらい思いをしている人がいたりして、そういった人たちとネット上でコミュニケーションをとることで、自分が生きるってことを許されたような気がするんです。こんな自分でも生きてて良いんだと思うことができるんです」
 「死にたいとか消えたいという気持ちは薄れてきましたか、強くなりましたか?」と尋ねた。すぐに返事があった。「ツイッターを始めてから少しですが薄れてきていると思います」
 手のひらにあるスマホに目を凝らし、これまでの「会話」を読み直すと、少しほっとした。

SNSで自殺する仲間を募る若者が後を絶たない(写真はイメージ)

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