カネミ倉庫

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 戦前、創立者の加藤平太郎氏が米ぬか油の工業化に成功。戦後、九州精米をカネミ糧穀工業に社名変更し、三男三之輔氏が社長に就任。国指定倉庫となり1958年、カネミ倉庫に変更した。鐘淵化学工業(現カネカ)製PCB「カネクロール400」をステンレス蛇管に循環させ、米ぬか油を熱する脱臭手法を採用し61年、装置を購入した。油症事件の発覚は68年10月。社名がカネカと似ているが、関係はない。