ハーモニカで郷愁の音色 仮設住宅で暮らしながら高齢者施設慰問700回

通算700回目となる訪問演奏で、ハーモニカを奏でる江藤秀樹さん=9日、益城町

 熊本地震で自宅を失った益城町島田の元県職員、江藤秀樹さん(81)は、仮設住宅で暮らしながら高齢者施設を訪ね、ハーモニカの演奏を続けている。1994年から始め、7月9日で700回を数えた。「体力が続く限り、多くの人を元気づけたい」と郷愁を誘う音色を届ける。

 9日、同町宮園の介護予防センター「シルバーライフ熊本」。江藤さんは目をつむってハーモニカを奏で始めた。「ふるさと」「北国の春」「憧れのハワイ航路」。約30人が歌詞カードを手に合唱し、「懐かしい歌ばかり。昔を思い出しますね」と利用者の松本シズカさん(88)。

 江藤さんがハーモニカを始めたのは20歳の時。初任地の玉名市で下宿生活を送っていた。当時の月給は6250円で、下宿代は4500円。「お金がなく、遊ぶこともできなくて」。楽器店で一番安い400円のハーモニカを買い、部屋であおむけになって吹いていたという。

 その後は、仕事やスポーツに忙しく、ハーモニカから離れていたが、50歳で人吉市に単身赴任したのを機に練習を再開。職場の歓送迎会でも披露するようになった。57歳の時、知人を通じて小天小(現玉名市)に招かれ、訪問演奏をスタートした。59歳で妻安子さん(享年53)を心筋梗塞で亡くしてからは、より一層活動に力を入れた。

 「家内を失って、気持ちが沈んでいた。ハーモニカで悲しみを紛らそうとしていたんだと思います」。熊本地震では自宅が全壊したが、本震からわずか4日後にはハーモニカを手に、老人施設を訪ねていた。地域の老人会長などを務める行動的な江藤さん。「避難所でじっとしているより、待っている人のところに行きたかった」

 レパートリーは100曲近く、演奏の合間には歌にちなんだ小話を披露して楽しませる。ネタ探しに本や新聞、シルバー川柳に目を通し、時には手品を披露することも。「同じ話ばかりだと面白くないでしょう。みんなに喜んでもらうのが私のモットーですから」

 施設訪問を始めた四半世紀前は、相手は年長者ばかりだったが、今は同世代。「最近は私の方がパワーをもらっています」。地震から2年3カ月。今年中に自宅を再建するのが目標だ。(久保田尚之)

(2018年7月17日付 熊本日日新聞朝刊掲載)

©株式会社熊本日日新聞社

紙面を彩った火の国球児たち

「夏の甲子園100回」を記念し、熊本出身のスターたちの〝球児〟時代を取り上げます。 第3弾は「打撃の神様」と呼ばれた川上哲治(熊本工出、人吉市出身)です。

ご購入はこちらから