第18回:災害協定をリップサービスで終わらせないためには?(適用事例12) いざという時のための手順の具体化を

災害時に機能しないと協定の意味はありません(出典:写真AC)

■新聞の見出しは立派だった

中堅ビルマネジメントのA社は、同業組合の理事も務めています。ある時、地元新聞にA社の記事が取り上げられました。A社を代表とするビル管理組合が県と災害協定を締結したとの記事です。協定書を交わすA社社長と県の担当者の写真も鮮明に写っています。

協定の内容は次のようなものでした。もし大地震や台風の被害によって、多くの住民が避難所生活を余儀なくされた場合、県はただちにこの組合に連絡し、さまざまな調査や業務を委託するというものです。例えば避難所や緊急物資倉庫、仮設トイレその他の場所について環境衛生調査を行う、清掃や消毒作業を行う、そしてこれらの調査や各種作業の進み具合、新たに発生した問題などを県にフィードバックするといったことです。

新聞を手にしたA社社長は笑みを浮かべながら、総務部長に話しかけました。「なかなかよく写っておるね。これで当社と組合の知名度もアップするだろう。実際に災害が起こったときは、お世話になっている地元への還元にもなる」。とここで、社長は思い出したように総務部長に質問しました。

「ところで、もし明日にでも大地震が起こったら、すぐに動けるだろうか?」。「もちろんです!社長。当社ではBCPを策定していますから何の心配もありません」。

しかし社長はさらに突っ込みます。

「BCPがあることは分かっている。わしが聞いているのは、県から協定の活動要請が来たとき、すぐに動けるように具体的な方針や手順は決まっているのか、そのことがBCPに記載されていて主要なメンバー全員が周知しているのか、という意味なんだが…」。

■協定の目的・要件・問題点を洗い出す

これを聞いた総務部長はちょっと言葉に詰まってしまいました。確かに、言われてみればBCPはあるものの、災害協定の要請を念頭においた活動方針や手順などについては、これまで具体的に議論したこともないし、ましてやBCPに書いてあるはずもないのです。

これはいかんと一念発起した彼は、さっそく危機対策本部メンバーを集めてこの問題を解決しようと思い立ちました。しかし、漠然と集まってもらっても、とりあえず文言を決めただけのBCPで終わってしまっては意味がありません。社長も指摘するように、「いつ県から協定の活動要請が来てもすぐに動けるようにする」ことが最終目的でなければなりません。

そこで総務部長は、BCPに文言を追加するだけでなく、いつでも協定の要請に応えられるようスタンバイするための体制作りを、PDCAの枠組みを利用して進めることにしました。Planの組み立てに先立ってまず必要なことは、問題点の整理、つまり災害協定に応えるための必要事項を洗い出し、それらを実現する上でネックとなる問題や課題を特定することです。

この作業を行った結果、次のようにまとめることができました。

1.協定活動の目的・方針2.連絡体制3.いつでも要請に応えられることの検証

■PlanはBCPへの記載事項と検証の2本立て

さて、Planのステップです。会議メンバーを招集し、協定の要請に備えるための一つ目の検討事項、すなわち「協定活動の目的と方針」を明確にします。全員で県と合意した協定書をしっかり読み込んだあと、「いつ・どこから・どんな要請が来るのか?」「何を提供し、どのような貢献をするのか?」といったことをホワイトボードに書き出しました。

また、災害が起これば当面は日常の業務ニーズはないだろうと考えるのは早計です。ビルマネジメントのような業務の場合、災害が起これば逆に近隣の建物・施設などの民間ニーズが激増する可能性もありますから、そのすみ分けも必要でしょう。例えば「県からの要請が来ていない時点で民間ニーズがあれば応じるのか?」といったことです。

二つ目は「連絡体制」です。これは県と組合、組合企業同士の2方向で検討しなければなりません。県からの要請は電話かファックスが想定されますが、大地震などの場合はこれらが使えなくなる可能性があります。当然のことながら代替連絡手段として組合代表(A社)の携帯電話番号とメールアドレスを県に通知する必要がありますが、A社が被災して要請の連絡を受けられない場合を想定し、次候補として組合企業B社の連絡先番号も県に伝えるおく必要があるのでは、との意見も出されました。

しかし、これだけでは万全ではありません。前に述べたように、「いつでも協定の要請に応えられるようスタンバイするための体制」を目指さなくてはなりません。この3つ目は定期的、継続的な「検証」という形で実施するほかはありません。これについては、協定活動に必要な人員、業務資源がスタンバイされているかどうか、などを点検するためのチェックリストや机上演習方式が選ばれました。

■Doによる検証は机上演習で決まり!

「Plan」で固めた3つの内容は次の「Do」のステップで具体化されます。まず「協定活動の目的と方針」および「連絡体制」については、追加的な文言としてBCPに記載されました。「いつでも要請に応えられることの検証」については、チェックリストを作成してBCPに添付した他、半年間かけて、次のような2段階の机上演習を実施しました。

・各社組合員による机上演習
・県の危機管理課と組合企業による合同机上演習

この結果、さまざまな気づきや意識づけ、改善点が見えてきたことは言うまでもありません。とくに中小零細のビルメンテナンス会社の場合、いろいろと目からうろこを落とすことも多かったようです。協定の要請に応えるためには、自社内部の都合だけでなく、道路の状況や通行許可証の入手、燃料の確保など外的な条件も考慮しなければならないこと、協定の活動がボランティアに準ずるものであることを知らず、食事や宿泊するホテルの手配はどこでやってくれるのかと質問する業者も。

最後にA社は、これまでの段取りや手順のよしあし、机上演習の成果等を整理し、これらを総合的に勘案しました(「Check」のステップ)。その結果はおおむね良好と判断されたことから、当面はBCPに新たに追加した規定やチェックリストをもとに、今後も定期的に机上演習を実施していくことを正式に取り入れたのです(「Act」の判定)。

(了)

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