「ザ・ロスト・アルバム」発売 コルトレーンの未発表スタジオ録音作

「ザ・ロスト・アルバム」

 ジャズの巨人でサックス奏者ジョン・コルトレーンの未発表のオリジナル曲2曲を含む、1963年にスタジオ録音された音源が、このほど「ザ・ロスト・アルバム」として発売された。

 オリコンの週間音楽ランキング(6月25日~7月1日)によると、ジャンル別のCD売り上げランキングで1位となり、発売日の6月29日から3日間で8775枚を売り上げた。

 ジャズ好きの先輩たちは口々に「もう本当にすごいよ」「いい話だよ」と、発売前から子どものように盛り上がり、ジャズの愛好家だった父も「それはすごいことだ」とうなっている。

 何がそんなにすごいのか?

 60年代といえば、有名な「至上の愛」や「バラード」を発表した脂ののった絶頂期。おまけにこの音源は名盤「ジョン・コルトレーン・アンド・ジョニー・ハートマン」が収録された前日に録音されたもの。

 しかも名録音技師ルディ・ヴァン・ゲルダーが手掛け、コルトレーンのほかマッコイ・タイナー、ジミー・ギャリソン、エルヴィン・ジョーンズの「黄金カルテット」が演奏した公式セッションだ。

 このアルバムはこうした何拍子もそろった、ファン垂ぜんの作品と言える。後々、歴史に残る1枚になるかもしれない。

 音源は1枚のアルバムとして発表する予定だったのだろうか。アルバム発売元のユニバーサルによると、当時、コルトレーンは他にも録音していたことが分かっており、これをそのまま一枚のアルバムとして世に出そうとしていたのかは分からないという。

 世界的なコルトレーン研究家の藤岡靖洋さんは、60年代米国の社会的な背景から、コルトレーンが作品に込めた意図を読み解こうとする。

 当時の米国は黒人差別撤廃や自由を求める公民権運動が高まっていた。「50~60年代のジャズは公民権運動とともにあった」と藤岡さん。黒人差別の激しかった南部出身だったコルトレーンは、当時の社会情勢に共鳴し、言葉ではなく演奏に込めたのではないか、そこにジャズの役割を見いだしたのではないかと力説する。

 コルトレーンは寝ているとき以外は常にサックスを吹き、ジャズの可能性を広げて進化し続けた音楽家だったという。藤岡さんは「音源にはそれまでの音楽性と新たな音楽性が同居する過渡期の音楽があり、宝の山を掘り当てたように素晴らしい演奏」と喜んでいた。

 試聴会に訪れると、スピーカーから聞こえてきたのは怒涛のごとく押し寄せるサックスの音。何か怒っているかのように、激しく主張する音にびっくりした。あの時代の熱気のようなものが伝わってくるようだった。

 さまざまな楽しみ方があるのは名盤の証し。アルバムは配信もされているので、ぜひあの時代の音楽を感じてほしいと思う。彼の残したアルバムは現代の私たちに何を訴えかけてくるだろうか。(酒井由起子・共同通信記者)

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