『はるか』宿野かほる著 人は、愛する人の何を愛しているのか

 人工知能、というものを種にして、数多くのストーリーテラーがあらゆる想像をふくらませてきた。映画、ドラマ、もちろん小説。人間ではないものが、人間と同等、あるいはそれ以上の情報処理能力を擁したら、何がどうなってしまうのか。作り手ごとに異なる持論のもと、それらの想像が人間をへこませたり、勇気づけたりしている。

 本書も、そんな作品群のひとつだ。海辺で運命的な出会いを果たした少年と少女が、離れ離れになり、大人になり、再会して、結婚して、妻が事故死する。そこまでの道筋が、まず、それはそれはあっけなく描かれる。

 本書の主軸は、その先にある。技術者として大成した少年「賢人」は、自らが立ち上げた会社の一大プロジェクトとして、少女「はるか」を蘇らせることを決意する。生前に記録してあった彼女の話し声や映像、思考グセまで、ありとあらゆるデータをプログラミング。綿密に作り込まれた流麗な音声と、彼女の温もりまで感じさせる3D映像を実現し、「HAL-CA」なる仮想妻を完成させる。

 それらを論理的に下支えしているのは、人の「思い」や「性格」は、言ってしまえば「そのように見えるもの」にすぎないという基礎概念だ。眼の前で誰かが怒っている場合、そこに存在するのは「怒り」ではなく、「怒っているように見える人」である。だから「HAL-CA」も、「そのように見える顔と言動」を大いに開花させる。

 現在の賢人に妻がいることに、「HAL-CA」は大いに動揺する(ように見える)。それを受けて賢人の心も揺れる。「HAL-CA」から届くラブラブなメールと、ふたりきりになると彼女が見せる、寂しさや嫉妬(のようにみえるもの)に賢人はどんどん飲み込まれていく。

 やがて「HAL-CA」は、「ほんとにAIなんだっけか?」と首を傾げざるを得ない要求を、賢人に突きつけるのだ。

 本書は、ラブストーリーであり、SFものであり、ちょっとホラーっぽくもある。途中、説明ぜりふに終始してしまう展開もあるが、このアイデアが生まれたことへの高揚感がそれを凌駕する。前作『ルビンの壺が割れた』で、読み手のツボを突いた宿野。今回、あなたの読後感は、果たしてどんな味がするだろうか。

(新潮社 1300円+税)=小川志津子

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