『芸人「幸福」論 格差社会でゴキゲンに生きる!』プチ鹿島著 「売れない」ことの「幸福」とはいかに

 長い長い下積み時代。自分が追求してきたことと、時流とが合致する瞬間。「ブレイク」と呼ばれるひととき。去りゆくブーム。またしても訪れる苦悶の日々。

 「お笑い芸人」と呼ばれる人たちの人生は、そういう型にあてはめて語られることが多い。彗星みたいに売れた者は「どうせ一発屋だろ」と言われ、下積みの長かった者は「よかったねえ」と言われる。お笑いの流行は季節の移り変わりよりも早い。

 プチ鹿島。この人物も「お笑い芸人」である。けれど今の彼が駆使するのは、「売れるか否か」とは違った視点だ。売れようが、売れまいが、幸福な奴は幸福である。彼は膨大な「お笑い芸人」へのインタビュー取材で、そんな実感を確かめている。

 まずは、「ブレイク」を果たした者たちに、これまでの日々を聞く。クイズ番組での非凡ぶりが光る「メイプル超合金」は、ブレイク以前も以後も、変わらぬスタイルを貫いている。「もしかしてだけどー♪」で知られる「どぶろっく」は、歌ネタがブレイクし、自分たちが軸足としていた漫才を手放すまでの葛藤を語る。また、業界で「これから売れるぞ」と言われ続けている者たちにも光を当てる。ここで生きてくるのは、書き手自身が同志あるいはライバルとして、彼らの変化に立ち会い続けている点である。

 大御所にも話を聞く。「B&B」の島田洋七だ。80年代、「漫才ブーム」で大ブレイクし、後年、『佐賀のがばいばあちゃん』で再ブレイクした。一番売れていた頃の年収まで、彼は胸襟を開いて語る。

 この本の肝は、実はここからである。売れていなくて、知られていなくて、でも幸せそうな芸人たちが続出するのだ。今年57歳、紆余曲折の末にたどり着いた「好きなこと」をやっている今が一番幸せだと語る「冷蔵庫マン」。妻が働き、自分が家事を担当、配偶者控除の範囲内で表現活動を行う「中村シュフ」。ヒネなくても、イジケなくても、「売れてない」と「幸せ」は両立しうるのである。

 終盤、書き手が誰よりも強い思い入れを注ぐコンビ「松本ハウス」が登場。ハウス加賀谷の統合失調症発症から、活動再開、そして今に至るまでの日々を書き手に大いに語る。そして満を持して、プチ鹿島が「プチ鹿島」について綴るのだ。

 彼は多くの同業者とは違って、ネタ番組やコンテストでブレイクしたクチではない。37歳にしてコンビを解散、ソロ活動を余儀なくされて、「芸人たるもの、こうあらねばならない」的な理想が吹っ飛んだ。時事ネタいじりや新聞の読み比べなど、子供の頃から大好きだったあれこれに腹を決めて取り組み、月30本ものコラムを抱えるようにまでなった。最近は、所属先のオフィス北野を離れ、お笑い界では異例の「FA宣言」をしたことでも話題となった。

 お笑い界でも、そうでなくても。幸福になるための武器は、いつも、誰でも、手に取ることができるのである。

(KKベストセラーズ 1250円+税)=小川志津子

© 一般社団法人共同通信社