諫早大水害の記憶後世に 死者・不明者630人 体験談、切々と

 1957年7月25日に発生し、死者・不明者630人を出した諫早大水害の記憶を語り継ぐ催しが21日、東小路町の市民センターであった。約150人が体験者の講話や手記朗読などを通じて防災意識を高めた。
 地元住民でつくる「本明川を語る会」(中野勝利会長)が毎年開き10回目。同市永昌東町の寿柳展(じゅやなぎひらく)さん(82)は「家の中に水が入り、手などで押さえたが戸や畳、家具が流されてしまった。翌日に本明川沿いを見ると、建物が流されて何も無くなっていたことを強く覚えている」と体験談を語った。
 今回は、若い世代への継承に力を入れた。地元の子ども劇団「ホーリーゴースト」は、眼鏡橋を題材にした演劇を披露。長崎大工学部の学生が「災害伝承プロジェクト」の一環として取り組んだ諫早の水害遺構調査発表などもあった。
 会場の全てのプログラムに手話通訳を導入。同市金谷町の古賀正行さん(73)は「当時の手記や体験談を知り、胸が痛くなった」と手話で話した。

諫早大水害の体験を語る寿柳さん(左)=諫早市民センター

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