【私的関係 適用どこまで】当事者間の合意を尊重

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 熊本大法学部の憲法ゼミは「1限目」の前回、近代以降の憲法が「国民の権利を守るために、国家権力の行使を制限する最高法規」と学んだ。ならば、憲法は私たち民間同士の関係には適用されないのだろうか。「2限目」となる今回は、憲法が保障した男女平等(14条)や思想信条の自由(19条)を題材に憲法と市民社会の関係を3年生と考える。(渡辺哲也、並松昭光)

 報告班はまず、学生運動歴の秘匿を理由にした会社の本採用拒否が、思想信条の自由や法の下の平等を侵害するかが争われた「三菱樹脂事件」最高裁判決(1973年)のポイントを説明した。「憲法は国と個人の関係を定めたもので、私人(個人や法人)同士には直接適用されない」とした有名な判例だ。

 雇用や契約など「民と民」の関係では、憲法が保障した個人の自由や平等などの権利が互いに対立することが多いため、当事者同士の合意による「私的自治」を尊重する。最高裁は憲法の大原則を踏まえつつ、「権利の侵害が社会的に許容できる限界を超えた場合のみ、法が介入する」と指摘した。

 では、「限界を超えた場合」にどう介入するか。判決はその手段として民法の公序良俗(90条)や不法行為(709条)の規定などを適切に運用するよう促した。私的自治のルールを定めた法律でも、使い方次第で憲法上の個人の権利が守れるという考え方だ。

 報告班はこの判例をもとに、私的な関係であっても例外的に憲法の効力が及ぶ「間接適用」という学説を紹介した。

 「間接、とはどういう意味だろう」

大日方信春教授は、考え込む学生たちに向かって続けた。「民法で公序良俗違反かを検討する際、いったん最高法規の憲法にさかのぼって判断基準となるものさしを探し、違反があれば民法で処理する。この仕組みを『間接』と呼ぶんだ」

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 実際に憲法が“間接適用”された例には、女性の定年退職を男性より5歳若い55歳とした会社の就業規則の是非が争われた「日産自動車事件」最高裁判決(81年)がある。

 判決は、就業規則の男女別定年制は「女子であることのみを理由とした不合理な差別」と判断。憲法14条に照らした上で民法の公序良俗違反に当たり無効とした。

 「会社は敗訴に驚いたんじゃない?」。大日方教授が問い掛けた。なぜなら、この判決が出たのは、男女雇用機会均等法が成立する4年前。世間にまだ「男は仕事、女は家庭」という意識が根強く残っていたころだ。

 「男が長く働いて当たり前、という社会通念が初めて最高裁で問われたのでは」。学生の一人が答えた。

 「いい着眼だ」。大日方教授の解説が熱を帯びた。「社会通念では労働条件の男女格差がそう珍しくなかった時代に、一歩踏み込んで私的自治の側に修正を求めた判決とも読める。最高裁が男女平等という憲法上の価値を高く評価し、たとえ私的関係でも性別のみによる差別は許されないと考えたのかもね」

 「ただ、これはあくまで例外。よほどのことがない限り、憲法は当事者同士の意思に委ねる私的自治の方を重視する、という原理は覚えておいてほしい」

【議論】土俵の女人禁制 差別なの?

 最後にゼミで取り上げたのは、4月に話題となった日本相撲協会の「土俵の女人禁制」。男女平等を定めた憲法14条が“間接適用”できるか否かを議論した。

 協会は女人禁制の理由に「伝統」を挙げ、「土俵は男が必死に戦う場。女性が上がることはないという習わしが受け継がれてきた」との立場だ。

 学生たちは議論に先立ち、材木を伐採する入会権者の資格を「男子孫」に限定した集落の慣習は憲法に照らして無効とした最高裁判決(2006年)も確認した。大日方教授は「憲法は、例外的に慣習という社会規範にも間接的に乗り出せる。では、伝統はどうだろう」と問い掛けた。

 各班の意見は割れ、土俵の女人禁制を「不合理な差別」とした班は「今回の一件は世間の批判も大きく、社会通念も男女平等を重視する姿勢に変わってきた」と理由を挙げた。

 一方、「伝統は憲法に触れない」とする班は「女人禁制に合理的な理由はある。人命にかかわる緊急事態だけ別に対応すればセーフ」。別の班は、両国国技館で女人禁制支持が6割を超えたアンケート(07年)を例に「社会通念はまだ協会の伝統を容認している」とした。

 意見が出そろい、大日方教授の講評に移った。「完全な民間団体の伝統やルールなら、社会通念を考慮しても法で規制できないのでは。直感的には差別だけど、だれかに直接損害が生じているわけでもない」

 ただ、大日方教授は協会が公益財団法人である点に「注意が必要」と総括した。「協会は国から税制優遇を受け、活動に公益性が求められる団体。国家が土俵の女人禁制を『容認している』というメッセージが伝わるのであれば、国と個人の関係を規定した憲法が乗り出すきっかけにはなりそうだ」

【もっと深く】大学、政党など 自律を保障

大日方信春教授

 「国家権力を縛り、市民の自由を守る」近代憲法は英国が発祥です。ここでいう国家とは、絶対王政を倒した市民革命を経て生まれた概念で、憲法上の権利は、統治者に対する盾の役割を持つものでした。

 その盾のおかげで、市民社会に暮らす私たちには、自由が保障されたのです。日々の営みや商取引は、当事者間の合意による私的自治の原則で貫かれ、憲法の適用はありませんでした。

 私的自治の原則と、そこから派生する「団体の自律権」の原理は、身の回りにある組織の在り方の基本となっています。最高裁は、大学や宗教団体、政党といった団体の内部決定には司法権が原則及ばない、との判決を出しています。これは、個別の憲法条文(大学は23条、宗教団体は20条)にも根拠があり、21条が保障した「結社の自由」の効果とも考えられます。

 今年5月に制定された「政治分野の男女共同参画推進法」は、政党に選挙で「男女の候補者数ができる限り均等になる」よう要請していますが、その実現は努力目標(4条)にとどめています。国会議員が所属する政党は一見、国家機関に近い存在と錯覚しがちですが、自律的な結社内部には憲法14条が原則適用できず、立候補の男女同数は強制できないのです。

 今回のゼミでは、私的自治の原則を確認しつつ、会社の就業規則と慣習での男女格差について、例外的に憲法の適用が見られた判例を取り上げました。最高裁は、いずれも「専ら性別のみ」を理由とした女性差別として、憲法の男女平等原則を要請しました。

 では、大相撲の土俵における「女人禁制」はどうでしょう。法学的な視点で言えば、「伝統」に憲法が適用されるのか、あるいは日本相撲協会という団体の性質が主な論点になると思います。皆さんはどう考えますか。

<メモ>

三菱樹脂事件 入社試験の面接や身上書で学生運動歴を伏せたために本採用を拒否された男性が、憲法上の思想信条の自由や法の下の平等を侵害されたとして起こした訴訟。1967年の1審判決は解雇権の乱用を認め、2審も会社の控訴を棄却した。しかし、最高裁は私人同士への憲法の適用を否定し、「企業には契約の自由があり、特定の思想信条を持つ者の雇用を拒んでも、当然に違法とはできない」と2審判決を破棄。高裁に審理を差し戻した。男性はその後会社と和解し、復職した。

私的自治の原則 個人相互の権利義務といった法律関係は、それぞれの自由な意思決定に任せ、国家が干渉してはならないとする原則。近代法の基本原則の一つで、契約の自由が代表的。団体の内部決定の自由なども含まれる。