中国は人権に寛容に?ノーベル平和賞の故・劉暁波氏の未亡人がドイツ亡命…その背後にある習近平の思惑とは

写真:ロイター/アフロ

こんにちは、中国人漫画家の孫向文です。

7月10日、中国民主派活動家の故・劉暁波氏の妻こと劉霞氏(57)がドイツに亡命しました。中国民主活動派や民主化を希望する国民にとっては、まるで民主化に光を指すような、吉報ともいえるニュースです。一方で、中国共産党がいとも簡単に亡命を許すのだろうか、という疑念を抱く一件でもあります。

劉暁波氏の送別式の後に、劉霞氏は一旦、行方不明になりました。数ヶ月後に北京市内の某所(住所非公開)に軟禁生活にされている情報が流されました。中国政府は時々、意図的に劉霞氏が幸せに暮らしているような動画を流出しています。しかし、この動画も中国国家保安の指示で制作された、もはや偽造に近いような、プロパガンダ映像にすぎません。

劉霞氏は、夫の劉暁波氏がノーベル平和賞を受賞した2010年から軟禁され、以来8年もの間、自宅の周辺で大量の国家保安員に見張られ、外出を制限されていました。そして、2017年7月13日、夫が中国政府に迫害されて、癌の治療も満足に受けさせてもらえないまま死別。最愛の人を失った苦痛に加え、長期間の監視生活をされていたのです。そして、とうとう軟禁生活に耐えられなくなり、劉霞氏は重度なうつ病を患い、「外国に亡命できないなら、自宅で自殺を図る」と宣告しました。

その時に、ドイツ政府は劉霞氏の亡命を断固支持し、受け入れ姿勢を表明。そして、中国政府に圧力をかけたと言われますが、中国側は一向に動じませんでした。では、なぜ今回、中国政府はドイツ政府の要求に応じて、劉霞氏を釈放したのでしょうか。

■トランプに対抗する独中接近!? 中国政府の対応の裏に潜む「陰謀」

劉霞氏の亡命の支持の背景にいるのはアンゲラ・メルケル独首相(64)だと言われています。人権派として知られるドイツのメルケル首相が、国際的な「人権を守る首相」としてイメージ戦略を図り、政治的なお手本となるように手柄にしようとしたというのです。しかしながら、劉氏夫婦を「民主活動のカリスマ」として尊敬している中国の民主活動家の間では、この「亡命支持」の背景にある意図に気づき、「メルケル首相と習近平主席の闇の取り引き」という、批判的な見解がなされています。

検証するために、複数のニュースをじっくり読むと、事情がさらにわかりやすくなります。

7月11日、トランプ大統領が中国に「貿易戦争」を宣言しました。この貿易戦争は中国政府にとって、甚大な経済的ダメージとなり、アメリカの保護貿易主義と対抗する仲間を探した結果、「敵の敵は仲間」と裏をかいた挙げ句、ドイツに頼るという結果になりました。劉霞氏の釈放は、習近平主席によるメルケル首相との取り引きの「引き換え」になされたものだったのです。

メルケル首相はEU推進派であり、グローバリズム推しの政治家としても知られてます。7月10日のウォール・ストリート・ジャーナルの報道より、独中両国の首脳はグローバル的に自由貿易主義で共闘することを表明しました。その共同の敵はズバリ、アメリカのトランプ大統領の保護貿易主義です。メルケル氏は「ドイツは自由的な貿易主義を支持して、違法的な関税追加徴収に不安を感じます」、とトランプ大統領を、直接名指しこそしないものの、厳しく批判しています。中国政府はアメリカのハイテク技術を窃盗して、特許を無断使用したことに引け目を感じているのか、「貿易戦争の引き金」について言及しませんでした。

2017年、独中貿易の総額は1870億ユーロにのぼります。さらに第五回独中経済会議において、新たに22項目の経済提携を契約しました。その中にはハイテク技術に関する事項が多数含まれています。

中国の李克強首相は、ドイツのベルリンで「中国はドイツのハイテク技術と製品を歓迎する」と表明。それと引き換えに、ドイツの在中企業に優遇政策を下しました。これは一例ですが、在中企業の株をドイツ側に50~75%を所有することを可能にし、大きな利益をもたらすことができるようにしました。他方で、ドイツの技術を中国に流出させる懸念もありますが、メルケル首相はそのリスクを微塵も警戒していません。

ドイチェ・ヴェレより
https://www.dw.com/zh/中国与德国酸辣生意/a-44602921?maca=chi-twitter-china-6725-xml-mrss&zhongwen;=simp

■劉霞氏釈放の当日に民主活動家を有罪に、「人質」という新しい切り札

あまり注目を浴びていないニュースですが、劉霞氏が釈放された当日に、湖北省武漢市の民主派活動家の秦永敏氏(65)に13年の有期懲役が下りました。秦氏の罪はネット上に「中国の民主化を平和的な手段で行う」というテーマの文章を発表しただけです。中国政府の思惑は、劉霞氏の代わりに秦氏に注目を向けるために、わざと13年の刑にしたと考えられます。これが民主国家なら、秦氏は無罪です。この件について、中国のネット民は「中国政府は劉霞氏を釈放したのに、秦氏に判決を下すのは、明らかに司法制度の基準が曖昧である」と、共産党の人治の矛盾を指摘しました。

https://www.rfa.org/mandarin/yataibaodao/renquanfazhi/yf1-07112018101926.html

中国共産党は劉霞氏の「釈放」という切り札を出した後に、すぐに「人質」という新たな切り札を作るというスタンスを取ったのでしょう。中国人の政治犯をいわば「人質」にして、欧米の民主国家と、経済と政治の「駆け引き」とも取れる、一種の独特な取り引きを行うのは、中国共産党の十八番です。

今回の件を劉霞氏の「釈放」だけに焦点を当てて報道すると、「中国政府は人権に寛容になった」と捉えられてしまいます。日本のマスメディアは中国への忖度か、詳細や深い事情を報道することはほとんどありません。ニュースの表層だけでなく、常に裏にある事情を追及して周知しなければ、結局、中国政府のプロパガンダに加担してしまうことになるのです。

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