[宏哉のfrom Next-World]Vol.06 マレーシア発シンガポール行きの旅次

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コタキナバル市街地
txt:宏哉 構成:編集部

忘れられない旅~コタキナバル

海外ロケを担当するようになって10年。ロケや空港、機材トラブルなど色々とあったが、最近の出来事で強烈に記憶に残っている…いや記憶に残り続けるであろう思い出がある。

少し前のロケだ。マレーシアはコタキナバルへ取材に行った時の話。取材クルーは、ディレクター1名、カメラマン1名、ロケマネージャー1名、現地コーディネーター1名だ。

クアラルンプールからコタキナバルへの空路(プトラジャヤ上空)

コタキナバルは、ボルネオ島のマレーシア領にある都市で、東マレーシア地域での経済的政治的中心地だ。美しい海に面しマリンレジャーも盛んで、多くの観光客が訪れる。近代的な建築物とイスラム教のモスクが共存する街には素朴さも残り、居心地が良い。

コタキナバル市立モスク

我々の番組では、そうした観光地の紹介も行うが、街から少し離れた村に住むご家族に密着し、その村の生活や風習を短い期間ながら取材させてもらった。

優しいご夫婦に、元気で可愛らしい子供達。ご家族の住居にお邪魔している時は、お母さんが色々と世話を焼いて下さり、お父さんはマレーシアやその村の話をたくさん聞かせて下さった。子供達は、日本のことに興味津々でいつも我々取材クルーの周りで遊んでいた。私とお父さんと長男くんとは、今もFacebookやInstagramで繋がっている。その程度にはお互いに仲良くなれる時間を過ごしたロケだった。

スコールのためロケ中断。取材先の軒先で待機中の筆者とスタッフ

求めざる羇旅の予感

さて、私の10年間の海外ロケの中でも強烈な思い出となる出来事は、このあと始まる。今回、マレーシア・コタキナバルの取材が終われば、次はシンガポールへ移動してロケを行う予定だった。コタキナバルロケは順調といって良い撮れ高で、ロケ最終日も時間的余裕をもってコタキナバルを後にするスケジュールが組めた。

ここで、今回のロケのフライトスケジュールに触れておきたい。コタキナバルから最終的にはシンガポールに行くのだが、様々な大人の事情があり、我々はシンガポールへ行く前に、一度、日本に帰る必要があった。

16:45 コタキナバル発
19:15 クアラルンプール着
22:40 クアラルンプール発
05:40 日本着
11:35 日本発
(中略)
19:35 シンガポール着

話をコタキナバルに戻そう。ひとつ、コタキナバルを発つ前にやっておかねばならない事務手続きがあった。コタキナバルが属するサバ州政府からの撮影ビザに認証のサインをもらう事だ。これは、滞在中であればいつでも良いということだった。

手続きをする州政府の役所は、我々の取材地域からは少し離れていたので、ロケスケジュールの消化を優先し、時間的余裕の見込めた最終日に手続きを回した。コタキナバル取材の最終日は金曜日。イスラム教では礼拝の日だ。正午の礼拝に重なると街中が大変な渋滞になるということで、少し時間をずらして昼イチで役所に向かった。

…が、金曜礼拝の為か役所の午後からの再開時間は14時から。1時間ほど時間をロスしてしまうので先に昼食を食べてしまおうと、近くのショッピングモールのフードコートで昼ご飯を取った。が、ショッピングモールへの行き帰りで多少渋滞に巻き込まれ、役所に再び戻ってこられたのが14時過ぎ。週末ということもあってか、既に役所フロアには手続きに訪れている人がいっぱい…。

役所から空港はそれほど遠くない。30分あれば行けるそうだ。コタキナバル国際空港のフライト時間は16時45分。国内線なので15時45分ごろにチェックインできればよい。しかし、待てど暮らせど我々の順番が回ってこない…。

15時を回り、いよいよ焦り始める。手続きをしてくれている現地コーディネーターが、事務員をせっついてくれてはいたが、どうにもならないらしい。そして15時半を過ぎる頃、ようやく手続きが終わり、我々は急いで空港へ向かった。

我々の当初の予定では、コタキナバル国際空港で、カルネの手続きを済ませるはずだった。クアラルンプール国際空港でも勿論カルネ処理は可能だが、そのためには一度機材を空港でピックアップする必要がある。コタキナバルから日本までバゲージスルーできた方がクアラルンプールではゆっくりできるので、できればコタキナバルでカルネを済ませてしまいたかったのだ。

この時、空港に入った時間は定かではないが、少なくともカルネ処理をしている時間的な余裕が無いのは確かだった。

空港に向かう車の中で私は「カルネはコタキでは諦めてKLでやりますね。KLでのトランジット、3時間ありますし。」とディレクターに伝える。荷物のピックアップを最小限にするために、私の私物とディレクターとロケマネージャーの荷物はバゲージスルー扱いにして、機材だけをクアラルンプールでピックアップする事にした。

ロケ機材と私物のスーツケース

駆け込むように荷物を預け入れ、チェックインを済ませ、セキュリティーゲートを通過し、急ぎ足で搭乗ゲートへ向かった。なんとか売店で水を買うぐらいの余裕はある。が、ゲートに辿り着いて、拍子抜けした。

「搭乗遅延:1時間」

我々が乗る予定の飛行機は、出発が1時間遅れていたのだ。「ディレイしてるならディレイしてるって、カウンターで教えてよ~。慌てる必要も無かったし、なんならカルネも出来たやん…」飛行機に間に合うかどうかと慌てに慌てた我々の心配は杞憂に終わった。

だが、杞憂だった…とホッとするのは、まだ早すぎた。もちろん、この時の我々は、この旅の行く末を知る由もなかったが…。

搭乗ゲート前。待合シートに座って待つが1時間経っても一向に搭乗案内の気配がない。どうも、さらに遅延が発生しているようだ。時計とゲートの案内板を見比べながら、やきもきし始める。到着が遅れると、クアラルンプールでのカルネ手続きの時間が無くなっていくからだ…。

コタキナバルからクアラルンプールまでのフライトは2時間半。クアラルンプール発・日本行きの飛行機は22時40分。カルネ手続きと再チェックインなどを考えると、最悪は21時30分ごろにはクアラルンプールに着いておきたい。

ようやく飛行機への搭乗が始まったり、コタキナバルを飛び立ったのが18時45分ごろ。クアラルンプールへの到着予定は21時15分だ。ギリギリだがなんとか、カルネを含めた手続きはできそうだ。

マレーシア本土の夜景

クアラルンプールへ

2時間半のフライトを終えて、クアラルンプール国際空港へ無事着陸。まずは、荷物のピックアップだ。ディレクターとロケマネージャーの荷物はバゲージスルーで、そのまま日本行きの飛行機に載せ替えられる。カルネ処理をする必要のある受託機材ケースは2つ。それらがバゲージクレームのベルトコンベアを流れてくるのを待つ。

ディレクターは飛行機で我慢していた煙草を吸いに、ロケマネージャーも日本行きの便の運行状況を確認しに、2人とも先にバゲージクレームから空港の外へ出て行った。荷物は2つだしカートもあるし、ここは私1人で十分だ。ベルトコンベアから荷物をピックアップしたら、2人と合流して国際線カウンターへ向かう手筈だ。

だが、おい、どうした?!バゲージクレームに到着して早30分が経過。私の目の前のベルトコンベアは1cmたりとも動いていないのだ(次回につづく)。