北朝鮮の少女たちが命を賭ける「全米1位」アイドル歌手

北朝鮮は、資本主義社会の文化を「退廃的」であるとして排斥している。とりわけ金正恩党委員長は「韓流」を目の敵にしている。韓流を取り締まるために組織された109常務というタスクフォースは、韓流ビデオをファイルを保有していたという容疑だけで、女子大生を拷問し、悲惨な末路に追い込むほどだ。

まさに韓流を聴くのも命がけなのだ。

それにもかかわらず、北朝鮮で全米でも大人気の韓国の男性ヒップホップアイドルグループである「防弾少年団(BTS)」が人気を呼んでいると、韓流関連のニュースを扱う米国のウェブサイト「Soompi」が伝えた。

BTSは、5月にリリースされたアルバムがアメリカのチャートで初登場1位を獲得するという、韓国人アーティストとして史上初の快挙を成し遂げたばかり。日本でもその人気は定着しており、北朝鮮の少女たちが熱狂しても決しておかしくはない。

Soompiによると、韓国に定着する脱北女性が同国のラジオ番組で、北朝鮮のBTS人気について語った。当局がいかに取り締まろうとも、質の高いエンタテインメントの魅力には勝てないのだろう。次々と出てくる韓流アイドルや映画、ドラマ、さらにはバラエティまで、中国などを通じてあっという間に北朝鮮国内で拡散される。

とはいえ、おおっぴらには拡散することはできないため、ある隠語が使われる。先述の脱北女性によると、BTSは「防弾(パンタン)パックパック」と呼ばれる。「防弾パックパックをもう試した?」は、「防弾少年団をもう聞いた?」という意味だ。

金正恩氏は、こうした韓流人気がよほど気に入らないのだろう。2012年に結成された北朝鮮初のガールズグループ「モランボン楽団」なども、彼の韓流への対抗心から生まれたとみられる。2月には南北文化交流の一環として、モランボン楽団を中心に編成された三池淵(サムジヨン)管弦楽団が韓国をおとずれ金正恩流文化を披露した。金正恩氏にとっては、これまでの集大成だったのかもしれない。

金正恩流文化は、韓国では若干の戸惑いも交えつつ、概ね好意的に受け入れられたようだ。また、金正恩氏がプロパガンダ一色だった過去の古くさい北朝鮮音楽から脱却しようとしている意思を示すこともできたようだ。

しかし、金正恩氏が独自の文化を創造しようとする過程では、彼の妻である李雪主(リ・ソルチュ)氏が所属した銀河水(ウナス)管弦楽団が、あるスキャンダルにからんで強制解散させられ、一部のメンバーは公開処刑されるなどの悲劇も起きている。

北朝鮮の芸術家たちは、国家が主導するプロパガンダの枠内ではあるものの、懸命に独自の文化を創造しようとしている。一般の北朝鮮国民も韓流をはじめとする海外文化に触れたがっている。金正恩氏が、本気で北朝鮮文化を発展させたいのなら、今のような無意味な文化統制をやめるべきだ。なにより、文化に触れる自由を奪うことも、北朝鮮国民に対する重大な人権侵害のひとつなのだ。

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