「サッカーコラム」夏は内容を求めてはいけない J1川崎はここから追撃を始める

川崎―長崎 後半、ゴールを決める川崎・小林=等々力

 自身がいる環境を当たり前としてしまう―。日々の生活を送っている内に、そんな思い込みをしてしまうことがある。だが、違う目線から見たら、本当は間違っているのかもしれない。

 つい先日、赤道直下のインドネシアから一時帰国した知人が「東京の暑さは異常だ」と話していた。東南アジアも同じようなものだと思っていたが、日本よりはましだという。そして、「こんなに湿気があって高温なのは、世界でも中東の湾岸地域と日本ぐらいじゃないの」とタメ息を漏らしていた。

 2年後には、この気候の中で東京五輪・パラリンピックが開催される。「プレーヤーズ・ファースト」とは、あまりにもかけ離れた環境だ。組織委員会は、屋外で行われるマラソンコースなどには遮熱性舗装や、できるだけ日陰やミストを散布するシステムを設置するらしい。しかし、それで東京の気温が下がるわけではない。文字通りの焼け石に水だ。

 その過酷な環境について、とあるテレビ番組に出演していたコメンテーターがこのような発言をしていた。「この気候は日本人選手には有利に働きますね」と。あまりにもドメスティック過ぎる発想ではないか。

 もちろん、日本の選手が活躍することを望まない日本人はいないだろう。だが、五輪は―サッカーなど一部の競技は除くものの―世界最高のアスリートが4年の一度、集まる大会なのだ。だからこそ、選手たちには最高のパフォーマンスを発揮してもらいたい。しかし、夏の東京では最適な競技環境を与えられないというのは明らかだ。それだけでも、大会は成功とはいえないだろう。

 話がちょっと外れたが、この灼熱(しゃくねつ)の気候でもサッカーは行われる。特にJ1はワールドカップ(W杯)による2カ月の中断期間があった影響を受けて、再開するなり週2回開催という過酷さだ。

 前半戦最後となった第17節。川崎対長崎が行われた川崎市の等々力競技場は、夜7時のキックオフ時点での気温は32度。湿度も65パーセントと、席に座っているだけでもまとわりつくような暑さと湿気で不快感を覚える気象条件だった。

 試合は地力で勝る川崎が後半22分の小林悠のゴールで、粘り強い抵抗を見せる長崎を1―0で突き放す結果となった。そして、試合後の選手には試合の内容そのものに加え、この日の気温についての質問が続いた。

 小林は「死ぬかと思いました。きつすぎました。びっくりしました」と苦笑いする。小林の決勝点をスルーパスで演出した中村憲剛も「ちょっとびっくりした。マジ暑かった」とうんざりした様子だった。特に再開後の初戦となった第16節が「寒かった」(中村)という札幌での試合だっただけに、川崎の選手にとっては酷暑に加えて、気温の差も思いのほか響いたみたいだ。

 しかし、体力的にも精神的にも過酷な夏場が勝負どころだということを、川崎の選手たちは身をもって分かっている。なぜなら、昨季は夏場からの快進撃でリーグ初制覇を成し遂げたからだ。具体的に記すと、7月以降の19試合で敗れたのはわずかに1試合。ここから14勝4分け1敗の驚異的巻き返しを展開。アジア・チャンピオンズリーグ(ACL)の関係で未消化だった1試合も含めているので暫定ではあるものの、折り返し前の15試合を終えた時点で5位だった順位を最終節の第34節で首位にまで押し上げたのだ。

 試合内容に関しては、割り切らなければいけないだろう。「あまり多くを求められない気候になってきている」。そう、うなずく中村は、現在3位に付けるチームに十分な手応えを感じている。「去年より成熟している。ここからは勝ち切っていくという作業にこだわっていく」と自信を口にした川崎のバンディエラ・中村にはJ1連覇への道筋が明確に描けているようだ。

 加えて、この時期から無類の勝負強さを発揮する、頼れるストライカーがいる。夏場以降、急速に調子を上げるキャプテンの小林だ。23ゴールを挙げてJ1得点に輝いた昨季は7月以降に16ゴールを量産。しかも、19試合のうち無得点だったのは、わずか5試合。コンスタントに点が取れており、内容も充実している

 ここ数年、夏になるとチームも自分自身も調子が上がってくる。それを小林も自覚している。

 「今年も夏が来たぞというか、勝手にそういうふうな感じになってきている。メンタル的に(ゴールを)決められるんじゃないかという気がします。チャンスをみんなで作ってくれますし」

 目の前でタイトルを何度も逃し続けてきたチーム。それがリーグを制したことで、勝ち方の“奥義”を会得したのかもしれない。

 夏場は結果―。小林と中村はくしくも同じ言葉を発した。過酷な気象環境のなかでいかに勝ち点3をため込むか。それで、最終節の「12月1日」に手にする“褒美”が変わってくる。最高の“褒美”を求めて、川崎が今年も追撃を始めた。

 それにしても、30度を超えた高温多湿のなかで、この試合の選手たちはよくも10キロ近く走れたものだ。純粋に尊敬の対象と成り得るだろう。

岩崎龍一(いわさき・りゅういち)のプロフィル サッカージャーナリスト。1960年青森県八戸市生まれ。明治大学卒。サッカー専門誌記者を経てフリーに。新聞、雑誌等で原稿を執筆。ワールドカップの現地取材はロシア大会で7大会目。

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