自分史=私のシベリア抑留記=谷口 範之=(17)

©EDITORA JORNALÍSTICA UNIÃO NIKKEY LTDA.

  一二、コルホーズ(集団農場)でジャガイモの収穫外

 改善されない食料事情のために、地獄絵図の亡者のように痩せ衰えた捕虜を扱い兼ねたソ連側は、二〇人~三〇人の単位で軽作業につけることにした。コルホーズ(集団農場)のジャガイモの収穫が最初に来た。
 地の果てまで続いている広大なイモ畑は枯草に覆われていた。畝の端に三〇人がならぶと、カンボーイが号令をかけた。
「イモ掘り始め」
 道具がないと言うと、当り前のように、
「手を使うのだ」
 これには三〇人が驚いた。凍っているに違いない畝から素手でどうやってイモを掘るんだと、お互いに顔を見合した。カンボーイは、戸惑っているわれわれに、枯草の中から枯れたイモの茎を探し出して引き抜いて見せた。茎の先に小さなイモが三コ~四コくっついていた。なぜか畝は凍っていなかった。夕方までイモの茎引きをやったが、一〇〇mも前進しただろうか。
 帰途についた捕虜の一行は、それぞれポケットをはち切れそうにふくらませていた。あの八月九日午前零時を期して、戦車、飛行機、火砲などの近代兵器を十分に装備し、怒濤のように侵攻したソ連軍とイモを掘る鍬さえないコルホーズとのあまりにも大きい格差に、侵略国家ソ連の勝利への執念を見せつけられて、唖然とし、そしてなぜか笑ってしまった。
 イモ掘りは重労働と思っていたのが、茎引きという軽作業であったことに、逆転の発想という奇妙な転換を思いついた。大勢のものは、働くことを厭がった。宿舎で不平を並べながらゴロゴロしている方を選ぶ風潮がひろがっていた。生きるためのエネルギーにさえ不足している。塩汁だけの給養では、軽作業でも衰弱すると誰もが考えていた。
 イモ掘り作業に行ったことで軽作業につけば、なんらかの余禄にありつける可能性があることが分った。私は幹部候補生であったという矜持など捨て去った。
 ソ連軍兵舎の前庭でイモの皮むきと、キャベツの芯抜き作業が回ってきた。ナイフなどの刃物は、度重なる所持品検査で取り上げられている。素手で皮むきやキャベツの芯取りはできないと、文句をつけた。
 あっさり「ナイフなんかない」と、拒否された。大体において、ソ連人は道具のことは考えないようで、刃物なしでイモの皮むきをやれという。イモ掘りでもそうであった。私たちは手分けをして、地面に落ちているガラスの破片を集めた。あるものは缶詰の空缶を拾ってきて、尖った石で丹念に傷つけながらナイフもどきを長い時間をかけて作った。凍りついた地面に腰をおろしての作業だったが、結構楽しかった。
 カンボーイの目を盗んでは、イモをポケットにつっこむ。皮をむいたイモを口に放りこむ。キャベツは拳大だが、齧りつくのは難しかった。しかし十分な収穫にありついた。これらの作業の後は、一層厳しい寒さのために、すべて中止となった。宿舎で望郷と飢えに苦しむだけの日々になった。
 一〇月初めのことである。ソ連軍衛兵所から、墓穴掘り作業二人を要求してきた。誰も手を挙げなかった。私は墓穴掘りに従事したことがなかった。
 屍体安置所の小舎には、数体の死者が置かれたまま凍っていた。すでに八〇人位が埋葬されていた。

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