平成16年7月の新潟豪雨とその教訓 <7.13 新潟豪雨洪水災害調査委員会>の「報告書」が分析する問題点

刈谷田川破堤(提供:国土交通省北陸地方整備局)

14年前の平成16年(2004)夏、新潟県のほぼ全域を襲った豪雨と大水害の被害は、多くの問題点を今日の水害対策に提起している。土木学会「報告書」が指摘するところによれば、4つの問題点が浮き彫りにされた。

(1)前線に沿う地域に6時間から24時間の間に大量の降雨、各河川にて戦後最高水位を記録したこと。
(2)氾濫発生場所は、中小規模の都市であり、都市型水害と農村型水害の中間的なものであったこと。
(3)破堤は、堤防越水による裏法面(うらのりめん)が侵食による弱体化が主たる原因とみられること。
(4)死者15人中12人が65歳以上の高齢者であり、急激な浸水により避難が間に合わなかった。水害に対する高齢者対策や避難勧告発令基準等が課題となったこと。

この大水害については、平成17年(2005)5月に公表された「7.13新潟豪雨洪水災害調査委員会」(新潟県)が明快な状況分析や今後の課題を提示しており、レベルの高い同「報告書」から適宜引用したい。

平成16年7月13 日に未曾有の豪雨により、新潟県内の五十嵐川・刈谷田川で発生した洪水による破堤で三条市や中之島町などで大きな被害が発生した.新潟県は「7.13 新潟豪雨洪水災害調査委員会」(委員長・玉井信行氏、金沢大学大学院自然科学研究科社会基盤工学専攻教授)を組織し、今後の再発防止策を検討するために破堤のメカニズムの検討や洪水発生に関する技術的な検討を行った。

「報告書」は、計3回の委員会での審議結果を踏まえ、特に堤防の破堤による被害の大きかった一級河川五十嵐川(諏訪地区)及び刈谷田川(中之島地区)の堤防の破堤メカニズムや新潟県の今後の堤防整備のあり方等を取りまとめたものである。

全ての河川で戦後最高水位を記録

問題点1:前線に沿う地域に6~24時間の間に大量の降雨、各河川にて戦後最高水位を記録した。

日本海から新潟県・福島県付近にかけて停滞した梅雨前線に、東日本から西日本を覆った太平洋高気圧の縁にそって流れ込んだ暖かく湿った空気により前線が活発化し、平成16年7月12 日の夜半から13 日にかけて大雨となり、特に13 日未明から昼過ぎにかけて長岡市や三条市などの中越地方を中心に豪雨となった。
この豪雨で13日の日降水量は、気象庁の栃尾観測所で昭和10年(1935)以降の雨量観測データとして最も多かった昭和36年(1961)の年最大日雨量の342mmを大きく上回る421mmを記録した。守門岳で356mm、宮寄上で316mmとなるなど各地で記録的な豪雨となった。

栃尾観測所における7月の平均降水量は、243mmであることから、今回観測した日降水量421mmは、月平均降水量の約2カ月分に相当する雨が、わずか1日の間に降ったことになる。

破堤と被災

問題点2:氾濫発生場所は、中小規模の都市であり、都市型水害と農村型水害の中間的なものだった。

今回の豪雨で新潟県が管理する河川では、三条市を流れる一級河川五十嵐川や見附市、中之島町を流れる刈谷田川をはじめとして6河川11 箇所の堤防の破堤等により、中越地方を中心に各地で浸水被害が相次いで発生した。避難勧告や避難指示が出されたにもかかわらず、新潟県全体で死者15人、重軽傷者3人、全壊家屋70棟、床上浸水2178棟、床下浸水6117棟にのぼる甚大な被害となった。避難指示のあり方が改めて問題となった。

写真を拡大 新潟県内の被害の様子(提供:国土交通省北陸地方整備局)

洪水の検証

問題点3:破堤は、堤防越水による裏法面が侵食による弱体化が主たる原因であった。

具体的に見てみよう。

1. 五十嵐川
今回の豪雨により五十嵐川では、上流の笠堀ダム観測所で昭和40年(1965)の観測開始以降最大となる472mm(24時間雨量)を記録した。この降雨により諏訪地区の破堤地点より上流の島潟水位観測所では、13日の午前7時30分に警戒水位20.70mを超過し、午前10時までのわずか2時間半程度の間に約3m近く河川の水位が急激に上昇した後、午後1時30分には、堤防天端高24.32mに迫る水位を観測した。

この洪水により、下流の三竹地区の越水や諏訪地区左岸の破堤をはじめ、常盤橋下流右岸の欠壊等、いたる所で越水を引き起こし、各地で発生した浸水被害により、五十嵐川流域全体で全壊家屋、半壊家屋、浸水家屋あわせて6840戸(住家)にのぼるなど、浸水面積1320haにも及ぶ未曽有の被害となった。

2.刈谷田川
豪雨により刈谷田川では、上流の栃尾観測所(気象台)や刈谷田川ダム観測所では24時間雨量が422mmと472mmに達するなど記録的な豪雨となった。豪雨により、最も被害の大きかった中之島地区の破堤地点より上流の大堰水位観測所では、13日の午前9時50分に警戒水位16.33mを超過し、午後0時50分までの僅か3時間程度の間に約4m近く河川の水位が急激に上昇した。また、全ての水位観測所で計画高水位を超え、堤防天端(てんば)に迫る洪水となった。

この洪水により、刈谷田川本川の中之島地区左岸の破堤をはじめ、明晶町、河野町、宮之原町、支川稚児清水川(2カ所)での破堤に加え、各地で越水を引き起こすこととなった。水面積1153haにも及ぶ甚大な被害となった。

破堤メカニズムの検証

五十嵐川での破堤を検証する。一般に、洪水時における河川堤防の変状は侵食・越流・浸透の3つの現象によってもたらされると考えられる。

今回、破堤に至った五十嵐川(諏訪地区)において、ヒアリング調査、水理水文解析、堤体および基礎地盤状況を把握するための土質調査等を実施した。

堤防に作用した降雨は、1カ月前からの降雨量でみると360mmを越え、河川水は7月13日午前10時前後に堤防天端を超え始め、その後低下して再び正午ごろから水が上昇し越水が生じたものと考えられる。非定常浸透流解析によると、河川水位が天端に迫ると基礎地盤の砂礫層での圧力が高まり、堤内地でボイリング(噴水、噴砂)が生じる可能性があることから、10時前後にはこのような現象が生じていたものと推定される。

破堤が生じていない対岸においても同様な解析結果が得られている。また、調査結果から推測すると破堤に直接つながる基礎地盤を破壊するような浸透現象(パイピング)は生じなかったものと考えられる。河川水位はその後低下し12時頃から再び越水が発生すると、越流によるせん断力がのり面の植生の耐侵食力を上回る状態が続き、越流水の落下するのり尻部の洗掘及び越流水が流下するのり肩からのり面が侵食し、さらに拡大して破堤に至ったものと推定される。その後堤防は一部は下流側へ、主体は上流側へ破堤が拡大したものと推定される。これは、破堤後の落堀の形状と堤内地の稲の倒伏状況からも読みとれる。

堤内地に散乱する砂礫や玉石は、堤体材料のほか、破堤に伴い基礎地盤が深く抉られたために砂礫層の一部が流出したことによると考えられる。以上のことから、五十嵐川(諏訪)の破堤は、越流による裏法」面等の侵食が主原因であると考えられる。

今後の堤防整備・管理のあり方

7.13 新潟豪雨で破堤した五十嵐川(諏訪地区)の堤防、刈谷田川(中之島地区)の堤防では、明治期に作られた堤防を嵩上げ、拡幅し現在の堤防としたと考えられる。一般に破堤の要因としては、「河川の流水による侵食」「堤体内あるいは基盤における雨水及び河川水の浸透」「堤防を乗り越える越水」が上げられる。

河川管理施設等構造令では、一般の堤防を流水が河川外に流出することを防止するために設けるものとしており、構造の原則として「計画高水位以下の水位における流水の通常の作用に対して安全な構造とする」ものとしている。従って、一連区間の堤防の設計は越水を外力としては想定していない。

今回の五十嵐川と刈谷田川の破堤の主要因は越水である。これは洪水流量が現況河川の流下能力を上回ったことにより発生したものであり、同規模の洪水に対して越水破堤に関する安全性を確保するためには、この洪水流量に対応できる流下能力を確保できる改修を実施することが必要である。

今後、新規の改修事業のみならず、既設堤防の補強も含め、以下に列挙する事項を考慮して堤防の整備・管理にあたることが望まれる。

堤防整備の新たな観点

(1)空間的整備の調整(堤内地土地利用、本川と支川、上流と下流、右岸と左岸等)
(2)時間的整備の調整(緊急的、整備計画レベル、長期的等)
(3)他の事業等との調整(道路、都市計画等)
・堤防が位置している地盤の地形(新、旧)、堤防の形状及び被覆状況、過去の被災の有無と被災内容、既往ボーリング調査位置、堤体土質、重要水防箇所評定基準に基づく評価結果、高水敷の幅と高さ等について、河川ごとに堤防の現状を把握する。
・堤防の現状をふまえ、計画的に堤防の耐浸透機能、耐侵食機能に対する安全性の照査を行う。照査の方法は、堤防設計指針(平成14 年7 月 河川局治水課)による。この結果、所定の安全性の水準を満足していない区間については、以下のような考え方で強化を実施する。
1.侵食への対応
・ 堤体表のり面及びのり尻部の侵食耐力の強化
・ 側方侵食対策
・ 洗掘対策
・ 侵食外力の軽減
2.浸透への対応
・ せん断強度の大きい堤体材料の使用
・ 浸透水及び表面水の排除
・ 天端及び堤防のり面からの浸透防止
越水については、侵食及び浸透への対応と異なり、計画規模以下の洪水に対しては、越水を生じさせないように流下能力を増大する河川改修が基本であり、高規格堤防を除けば耐越水を考慮した堤防がないこと及び越水に対して壊れない堤防に関わる技術的知見が十分でないこと等から堤防強化の方針に含めないこととした。

堤防の管理方式

同県内には多くの河川が存在し、長大な延長を有する堤防について、基礎地盤の状況も含めた堤防の土質構造を完全に把握することは容易ではない。県内の堤防をある一定の規模にまで整備するためには、多大な費用と期間を要することから、既存のストックを有効に機能させ、少しでも安全性を上げることが重要となる。

このことから、堤防の洪水に対する安全性を維持・向上させるためには、計画的な堤防強化と併せ、日常からの堤防の監視と管理に加え、洪水時の水防活動を効果的に実施することが重要となる。

特に、堤防の監視・管理にあたっては、以下の事項に着目して日常から情報を蓄積し、補修、補強等の適切な処置を施すことが重要となる。得られた情報は蓄積し、効果的、効率的な堤防管理につなげていくことが重要である。
(1)堤防高
(2)堤防天端の被覆状況と変状
(3)のり面の植生(特に植生が乏しく裸地の状況になっていないか)
(4)のり面の変状、亀裂
(5)堤防際や河岸沿いの深掘れ
(6)護岸の変状、亀裂
(7)洪水・地震後の堤防の状況
(8)裏のり面及び堤内地の漏水、噴砂、地盤の隆起
(9)樋門等構造物周辺の変状

ソフト対策と今後の課題

問題点4:死者15名中12名が65歳以上の高齢者であり、急激な浸水により避難が間に合わなかったものであり、水害に対する高齢者対策や避難勧告発令基準等が課題となった。

今回の水害では、ひとたび破堤した場合、その被害が非常に大きなものになることが改めて示された。近年増加傾向にある集中豪雨等の発生や計画を超える自然の外力の多発を踏まえ、災害に対する安全度を効果的に高めていく必要がある。
ダム、堤防などによるハード対策は洪水防御に極めて有効な手段であるが、計画を超える自然外力に対して限界がある。また、県内の中小河川を計画レベルまで整備するには、まだ時間を要する。そのため、現況の施設能力を超える外力が発生した場合にも壊滅的な被害とならないよう、ソフト対策を拡充し、万が一の場合の危機管理体制を強化することが重要と考える。

そのためには、水位情報等の提供、情報が確実に伝わるための体制整備が急務である。地域住民との合意形成を図りながら、従前の計画論にこだわらない多様な整備手法の導入についても検討する必要がある。

○<参考>各自治体における被害の詳細について(主なもの)
(1) 長岡市
市内において、詳細調査により、全壊5棟、半壊5棟、一部損壊3棟、床上浸水129棟、床下浸水920棟の被害。
(2) 三条市
市内において、全壊1棟、半壊5003棟、床上浸水685棟、床下浸水1405棟の被害。
13日 南新保地内において、78歳男性が家屋浸水により死亡。
14日 パトロール中の消防団員が死亡している78歳女性を発見。
14日 条南町において、76歳女性が死亡しているのが知人に発見される。
15日 南新保地内において、71歳男性が遺体で発見。
15日 西四日町地内において、87歳女性が自宅で遺体で発見。
15日 南新保地内において、84歳女性が遺体で発見。
(3) 柏崎市
16日 野田地内において、67歳男性が道路陥没に足をとられ捻挫。
(4)見附市
 市内において、28日現在、半壊1棟、一部損壊2棟、床上浸水906棟、床下浸水1139棟の被害
(5) 栃尾市
 13日 北荷頃地内において、土砂崩れにより83歳男性が死亡。 市内において、住家全壊3棟、半壊2棟、一部損壊6棟、床上浸水72棟、床下浸水436棟の被害
(6)中之島町
14日 役場付近で75歳女性の遺体を発見。
15日 14日から行方不明となっていた中之島町の78歳男性が自宅で遺体で発見。
15日 14日から行方不明となっていた中之島町の76歳男性が自宅で遺体で発見。
町内において、住家全壊55棟、半壊314棟、床上浸水108棟、床下浸水254棟の被害
(7) 津川町
15日 13日から行方不明となっていた津川町の72歳女性が遺体で発見。
(8) 出雲崎町
町内において、住家全壊4棟、一部損壊27棟、床上浸水5棟、床下浸水40棟の害。
13日 大字中山地内において、裏山が崩れ、家屋倒壊。72歳女性死亡。
(9)西山町
13日 68歳女性が、崩れてきた土砂と自宅の間に挟まれ、骨折の被害。
17日 新保地内で、13日から行方不明となっていた長岡市の63歳男性が遺体で発見。

参考文献:「7.13 新潟豪雨洪水災害調査委員会」(新潟県)、国土交通省北陸地方整備局・新潟県の関連資料。

(つづく)

 

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