日産 フェアレディZ試乗|僕達はこういうクルマをもっと大切にしなければいけないんじゃないか?

日産 フェアレディZ Version ST ボディカラー:カーマインレッド

“せっかくだから”Zに試乗

こういうことをチャラッといっちゃうと間違いなく嫌われるし、あまり愉快な気持ちではいられない人も少なからずおられるだろうけど、ホントのことだから仕方ない。ちゃんと白状しておくのがフェアだと思うのだ。

実はこのクルマの試乗をすすめられたとき、内心では、僕はあまり気乗りがしてなかった。いや、関心がなかったわけじゃない。僕はスポーツカーが大好きだから、いつだって走らせたい。

ただ、ちょっとばかりタイミングが悪かったのだ。なぜならちょうどアストンマーティンの新型ヴァンテージの試乗がようやく叶い、そのスポーツカーとしてのパフォーマンスの高さと濃厚なテイストを存分に堪能した直後だったから。

おまけにその日はヴァンテージを撮影する予定で現場まで味わいながら乗って行ってもいる。その現場での「せっかくだからどう?」だったのだ。

およそ10年前にデビューしたアンダー400万円のモデルすら用意されるスポーツカー

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超高級スポーツカーメーカーが作る、それでも最も安価な2000万円の最新のスポーツカーと、コンパクトカーやミニバン、SUV、セダンなど多種多様なラインナップを取り扱う総合自動車メーカーの作る、およそ10年前にデビューしたアンダー400万円のモデルすら用意されるスポーツカー。

両車を比較することにそれほどの意味はないし、もちろんそんなことをするつもりもないけれど、同じフロントエンジン+リアドライブのクーペスタイルのスポーツカーということもあり、感覚の中に残ってるモノに邪魔されて冷静に見つめられない可能性があることは否定できない。

人間というのは、時として何かに惑わされやすい生き物でもあるわけで。

3.7リッターV6自然吸気で336ps/365Nmを発揮する

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“Z34”こと6代目フェアレディZがデビューしたのは、2008年のこと。その1年ほど前に発表されたスカイラインクーペのプラットフォームをベースとしながらも、ホイールベースを300mm切り詰めたことなどにより、実際にはほとんど新設計されている。

安全性や剛性をさらに確保するための補強などで見込まれた重量増を素材変更や構造の見直しなどでほぼ帳消しにして、グレードによって異なるものの車両重量を1500kgほどに抑えている。

パワーユニットは先代より排気量が0.2リッター増の3.7リッターV6自然吸気で、VVELというバルブの作動角とリフト量が連続可変する機構を備え、336ps/7000rpmと365Nm/5200rpmを発揮するのみならず、細かなスロットルワークに応えられるレスポンスも稼ぎ出している。

──というようなプロファイルはそこはかとなく知ってはいたが、実のところZ34に試乗するのはこれが2回目で、最初はデビュー直後、それもほんの20分ほど走らせただけだ。

そのときの印象は決して悪いものではなかったけれど、それでも10年近く前の記憶である。この10年の間に、スポーツカーはずいぶんと進化している。

日々の暮らしの中に綺麗に溶け込んでくれそうなスポーツカー

日産 フェアレディZ Version ST ボディカラー:カーマインレッド
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軽くふんぎりをつけて乗り込んでみることにした。

まず、着座位置の高さに、軽く驚く。まぁ……そうだろう。さっきまで乗っていたのはゼロからスポーツカーとして開発され、それも着座位置の低さは全ラインナップの中で一番というシロモノ。

対するこちらは乗用車ベースでありながら創意工夫で作り上げたスポーツカー。違いがあるのは当たり前なのだ。……いかんいかん。

シートに座って目の前に広がるコクピットは、回転計が最も見やすい場所に居座るスポーツカーらしいもの。操作性も悪くない。が、素材の使い分けや色味の切り替えなどは10年前の最新モードだ。悪くはないけど……ううむ……。

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そうした少しばかりの葛藤を抱きながら、セレクターレバーを引き、ATモードで走り出す。自然吸気とはいえ3.7リッターの排気量があるおかげで、低速域の力強さも充分。街中をゆったり走るのも高速道路のクルージングも、何の苦もなくこなしてくれる。

乗り心地はフロントが245/35R19リアが275/40R19という極太タイヤを履くこともあって路面の凹凸を拾いがちだが、シートがそれなりの厚みのある座り心地がいいものだからか不快な印象は湧いてこないし、基本的な乗り心地が悪いわけでもない。

日々の暮らしの中に綺麗に溶け込んでくれそうなスポーツカーだし、ロングクルーズもお手の物だろう。なぜか、ふと“このクルマで週末に山間の温泉まで行きたいな”なんて気持ちが湧いてきた。

相当に気持ちよく相当に楽しい、今や貴重な、そしてこれからはますます得がたくなる体験

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ちょっとしたワインディングロードに滑り込んで、シフトをパドル操作に切り替えてみる。ステアリングコラムにマウントされているマグネシウム製のパドルを指先で弾き、シフトを落としてアクセルペダルを深めに踏み込んでみた。

……あれ? と思った。

楽しいのだ。気持ちいいのだ。ナメてたわけじゃないけど、そこから先にあったのは相当に気持ちよく相当に楽しい、予想していた以上の望外に濃厚な世界だったのである。

エンジンはやや荒ぶったようなV6サウンドのオクターヴを高めながら、豪快に綺麗に、キッチリと7000rpmオーバーまでスムーズに回る。レスポンスも鋭いし、とりわけ中速域以上でのパワー感はニヤリとしたくなるくらいに気持ちいい。

低中速トルクも充分で、2速か3速で悩んで瞬時に3速を選び軽く後悔したコーナーの脱出でも、そうじれったさを感じさせられたりはしなかった。

7速ATの変速にはダイレクト感があるし、変速も素早い。そもそも4リッター近い排気量の自然吸気エンジンを7000rpmまで回して走れるなんて、ただそれだけで爽快な気分だし、何より今や相当に貴重な、そしてこれからはますます得がたくなる体験。このエンジンとトランスミッションのコンビネーションは、色々な意味で満足感が高かったのだ。

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さらに驚いたのは、フットワーク。ステアリングを切り込んでいくとノーズは躊躇いなしにインを刺そうとするし、切った分だけしっかり曲がるし、立ち上がりでアクセルペダルを踏み込んで行くとしっかりトラックションがかかって加速体勢に入るという、FRならではの“らしさ”が常に味わえる。

機敏さと安定感のようなものが上手い具合に同居していて、小さいコーナーでフロントタイヤに荷重を載せつつステアリングを操作するとクルリと痛快にターンを決めるし、いわゆる中速コーナーでは行きたい方向に狙いどおり向かってくれる正確さを見せてくれるし、大きなコーナーでは腰を据えて路面を捕らえながらしっかりとラインをトレースしてくれる。

試しにトラクションコントロールをOFFにして小さなターンで余分にアクセルを踏み込んでみたら、もちろんある程度のところでリアタイヤはグリップを手放すのだけど、そのときの動きに唐突感はなく、コントロールに困るようなこともなかった。慣れたらかなり楽しめるだろうな、と感じたぐらいだ。

ストレートを加速していくのも胸がすくぐらいの気分になれるし、曲がるのだってちっとも苦手じゃなく、むしろニヤリとするぐらいに楽しく気持ちいい。そう、Zは極めて真っ当なスポーツカーなのだ。そう、僕はかなり気に入ってしまったのである。

「僕達はこういうクルマを、もっと大切にしなければいけないんじゃないか?」

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後になって聞いたところによれば、フェアレディZにはこの10年の間に様々な改良が事細かに繰り返されてきていて、モデル末期に近づいてきたというのに、実は2年ほど前にも足回りに手が入っているのだとか。

目立つパーツを換えたとかそういうことじゃないからプレスリリースとかも出てないようなのだけど、スポーツカーマニアであればそうした微細なところこそ知りたいはず。

どうしてそういう大切なことを、ハッキリと大きな声でアナウンスしないのだろう?ドアハンドルの色をどうしたとかリアハッチのオープナーがどうしたとか、そんなことよりスポーツカーにとっては大切なことなのに…。

今回の上級仕様であるバージョンSTの7速AT仕様は521万2080円という価格設定だけど、これだけ完成度の高いスポーツカーが390万7440円の代価から手に入れることができるなんて、素晴らしいことだと思う。きっと日本は世界で最もスポーツカーを安く買える国だ。

乗る前には変な意味でビビリが入ってた身でこんなことを申し上げるのはナニだけど、乗ってしまった今ならハッキリいえる。「日本にフェアレディZあり!でしょ」と。「僕達はこういうクルマを、もっと大切にしなければいけないんじゃないか?」と。

来年、フェアレディZは生誕50周年を迎える。日産自動車の皆さん、そこのところ忘れてたりはしないでしょうね?

[TEXT:嶋田智之/PHOTO:茂呂幸正]

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