「サッカーコラム」もっと、ゴールの枠を狙うFKを セットプレーに対する意識が低い日本

仙台―C大阪 前半、先制ゴールを決め、祝福されるC大阪・丸橋(右から2人目)=ユアスタ

 プロの選手だからといって、プレーに無駄がないという訳ではない。見る人が見れば「なんでもっと効果的な手段を取らないの」と思ってしまうプレーがサッカーに限らずさまざまな種目であるに違いない。

 台風の影響で首都圏の試合が中止になった7月28日。J1第18節の仙台とC大阪の試合をテレビで観戦した。その際に、「これなんだよ」と思ったことがあった。前半11分の先制点の場面だ。

 場所は攻めるC大阪から見ると、ペナルティーエリアの右角から相手ゴールを背にして13メートルぐらいセンターライン方向に向かった地点。仙台DF板倉滉のファウルを受けた山村和也が獲得したFKが発端だった。キッカーは丸橋祐介。その左足から放たれたボールは誰に触れることなく、そのままゴールに飛び込んだ。しかも、GK関憲太郎の股間を抜けてだ。

 もちろん、丸橋はゴールを直接狙っていたわけではないだろう。飛んでいったコースもGKの正面だ。その証拠に丸橋本人も「素直に喜べないゴールでしたけど」と笑っていたらしい。ただ、味方に合わせようと意図したこの手のFKは、予想以上にゴールにつながることが実は多いのだ。

 丸橋はレフティなので右サイドからだったが、右利きなら左サイドから味方に合わせるインスイングのキック。いわゆる「巻く」軌道のキックが得点の前提となる。そのボールは、敵味方が入り乱れて競り合うゴール前で誰も触らなかった場合、そのままゴールに向かう。ところが、GKはキッカーから放たれた弾道ではなく、誰かがヘディングで合わせるのを予測してぎりぎりまで見極めようとする。だから、誰も触らないというのは逆にフェイントになる。GKが、誰も触れないとジャッジするのは、ボールがすでにゴール前数メートルに達した時点。だから、この試合のように正面のボールでも、反応が間に合わずに股の間を抜けてしまうことがあるのだ。

 中村俊輔や遠藤保仁のように、FKを技術と駆け引きで直接ねじ込める選手は限られてくる。ただ、味方に合わせるというコースの延長上にゴールマウスを襲うボールを蹴られる選手はたくさんいるだろう。特にJリーグでセットプレーのキッカーになっている選手なら、「巻く」ボールの最終到達点をゴール枠内にコントロールするのは容易だろう。

 しかし、Jリーグを見ていると、味方に合わせるFKの場面でこのようなキックを選択する選手はあまり多くはない。強豪国は、このようなキックに対する意識はより徹底しているのではないだろうか。

 思い出してほしい、ワールドカップ(W杯)ロシア大会の決勝を。前半18分に決まったフランスの先制点は、丸橋と同じアングルからのFKだった。左利きのグリーズマンが蹴ったインスイングのボールは、結果的にマンジュキッチ(クロアチア)のヘディングがオウンゴールとなるミスを誘った。ゴールすぐ前でコースが変わったボールにはGKスパシッチもまったく反応できなかった。W杯決勝レベルであっても、この類のキックは有効なのだ。

 日本特有のサッカー観を改める時期に、そろそろ来ているのではないだろうか。Jリーグを取材していると、敗れたチームの選手がこのようなコメントを口にするのをしばしば耳にする。

 「守備は崩されていませんから…」

 確かに流れのなかから失点しなければ「やられた感」は少ないのかもしれない。それでもこの種の選手たちは、流れの中の失点とセットプレーの失点が同じ価値を持つということに早く気づくべきだ。

 今回のW杯ロシア大会では全64試合で169ゴールが生まれた。そのなかの73点がセットプレーからの得点だった。実に全得点のうちの43パーセントだ。そのうちPKでの得点が22点であることを差し引いても、全体の3分の1弱がセットプレー絡みということになる。現代サッカーの勝負を決めているのが何かを、十分に認識しなければならない。

 それにしてもどこに行ってしまったのだろうか。一昔前の日本には、FKのスペシャリストが数多く存在した。そのような選手が新たに生まれてこないということは、この国にキックを大切にする風潮が薄れたからだろう。試合の最後を決めるのはキックの正確性。そんな当たり前のことを、指導者たちは改めて思い出すべきだろう。

岩崎龍一(いわさき・りゅういち)のプロフィル サッカージャーナリスト。1960年青森県八戸市生まれ。明治大学卒。サッカー専門誌記者を経てフリーに。新聞、雑誌等で原稿を執筆。ワールドカップの現地取材はロシア大会で7大会目。

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