「原爆神話」解き明かす 73年目の夏に出版 広島市立大の井上教授

 広島、長崎への原爆投下から73年目の夏だ。唯一の被爆国である日本の私たちにとっては核兵器の非人道性をさまざまな形で取り上げて国内外に発信し、次の世代へしっかり語り継いでいく決意を新たにする機会でもある。しかし、唯一の核兵器使用国である米国では「原爆は日本本土での決戦を回避させ、50万人~100万人の米国人、そしてそれ以上の日本人の命を救った」―などの「原爆神話」がいまも広く信じられている。

 その背景には、第2次世界大戦前から米国内だけでなく世界の世論形成に最大の影響力を持っていた米紙ニューヨーク・タイムズとハーバード大学長が政府・軍と一体となって行った情報操作があった。広島市立大教授(メディア論)の井上泰浩さんが今年6月、「アメリカの原爆神話と情報操作 『広島』を歪めたNYタイムズ記者とハーヴァード学長」(朝日新聞出版)にまとめて出版した。

広島市立大の井上泰浩教授

 「2005年に世界中の新聞を集めて広島の原爆についてどう報じられているのかを分析する機会があった。日本の植民地支配を受けていた国や戦勝国である米国など、原爆投下に対する受け止め方はさまざまだった」と井上さんは話す。13年から1年間、ハワイ大で客員研究員を務めた。米国人にとってはらわたが煮えくりかえるような真珠湾への「だまし討ち」と都市住民の無差別殺りくだった原爆投下とがどうつながっていたのかを自然と考えるようになったという。

トルーマン元米大統領(AP=共同)と本人が走り書きした原爆投下声明の最終承認電報の原文

 米内外に「原爆神話」を植え付けるための情報操作を組織的に計画、実行した米政府と軍。人類初の原爆使用を宣言したトルーマン大統領声明から当局がメディア向けに提供する資料や模範記事まで準備、放射能とその影響を否定する記事を書き続けたニューヨーク・タイムズ科学記者ウィリアム・L・ローレンス。原爆開発の統括責任者であり、警告なしの人口密集地である都市への原爆投下を提唱したハーバード大学長ジェームス・B・コナント。井上さんは著書で3者の「共謀」関係を丁寧に解き明かしていく。

 しかし政権とメディアの共謀は73年前だけのことではない。つい15年前「イラクのフセイン政権が所有する大量破壊兵器」という米政府の主張について真摯な検証をすることなく、日本をはじめとする各国がイラク戦争に協力した。後に米政府自身が大量兵器は存在しなかったと認めた。

 イラク戦争開始以来の死者を集計する非政府組織(NGO)「イラク・ボディー・カウント」によれば、開戦後の戦闘や暴力で死亡したイラク民間人は8月2日現在で最大20万人余りに及ぶ。「原爆神話」を巡る情報操作の検証は、73年前の過ちをこのように繰り返さないためにも、今なお重要なのだ。(共同通信=及川仁)

1945(昭和20)年8月6日午前8時15分、米軍爆撃機が広島に原子爆弾を投下。人類史上初めて核兵器が使われた。
1945(昭和20)年8月9日、長崎に投下された原爆のキノコ雲

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