社説(8/5):公文書管理条例/「知る権利」の土台を築こう

 例えば情報公開請求に従って宮城県が開示した行政文書は、2017年度だけで1508件。知る権利を担保する制度として情報公開がこれほど市民社会に定着していながら、その土台を支えている文書管理に市民の目が向くことはほとんどない。

 先の国会では財務省の決裁文書改ざん、自衛隊の日報隠蔽(いんぺい)で、ずさんな文書管理が露見した。しかし私たちの暮らしにより身近な自治体の文書管理が、実は国以上に不安定だとしたらどうだろう。

 国は既に2009年、公文書管理法を施行している。その中で自治体にも保有文書の適正管理に必要な取り決めを策定するよう求めてきた。

 だが、文書管理のルールを条例で定めているのは全国でわずか20自治体程度。東北では秋田市だけだ。仙台弁護士会は宮城県と仙台市に条例制定を求める意見書を提出しているが、やはり反応は鈍い。

 多くの自治体は、管理すべき文書の種類や期限を「内規」で定めているのが実情だ。これでは恣意(しい)的運用の温床にもなりかねない。

 市民の権利を保障するには条例で明文化するしかない。行政にとっても条例に則して施策形成過程を文書で残すことが、訴訟など不測の事態への備えになる。

 ところが、政策法務に熱心な職員であっても文書管理の法制化には消極的だという。理由は幾つか考えられよう。

 行政の現場は、情報公開を時代の要請に応じた「新規事業」と受け止める半面、文書管理は「日常業務」の再定義にすぎないと捉えがちだ。

 しかも所管する政策官庁がないので、補助金や交付金を獲得する当てがないとの公務員心理が働いてしまう。

 残したい文書を巡り、政策企画部局と教育委員会などの現場部局で意見の食い違いも多々見受けられる。

 誰しも完了した仕事に関する記録を後から掘り起こされ、あれこれ指摘されるのは面白くない。できれば抹消したいというのが本音だろう。歴史資料としての価値や外部からの政策評価にまで目配りできる職員も極めて少ない。

 その結果、過去に2度、地域の歴史的財産である公文書が大量に廃棄されてしまったことがある。それほど古い話ではない。

 一つは平成の大合併だ。膨大な文書を取捨選択する必要に迫られて処分した旧市町村がある。もう一つは東日本大震災で、津波に浸った文書が修復されずに捨てられた。震災検証で集めた証言が後に廃棄された事例も散見される。

 いずれも保存を義務付ける条例があれば防ぐことができたケースだった。こうした拙速な判断で地域史をたどるすべを失ってしまった自治体は相当数に上るとみられる。

 行政による文書管理とは、市民が自治体の仕事に関心を持ち、理解を深めるための仕組みである。そう心得たい。

Follow

河北新報

on

©株式会社河北新報社