核廃絶、若者から発信 長崎で誓い新た 高校生平和大使の二宮さん

原爆落下中心地碑の前であった集会で、平和と核兵器廃絶を訴える高校生平和大使の二宮沙紀さん(左)=9日、長崎市

 長崎に原爆が投下されて73年となる9日、県内から高校生平和大使に選ばれた二宮沙紀さん(熊本高2年)は、長崎市の爆心地に立った。核廃絶に向けて国際的な動きが広がる中、「被爆国の若者が核兵器のむごさと廃絶への思いを世界に発信しなければならない」と決意を新たにした。

 始まりは、この長崎の地だった。「原爆で妹を殺され、母は精神的に追い詰められ自殺を図った」。小学6年の修学旅行で、当時70代だった被爆者の女性の体験談が心に焼き付いた。「原爆は多くの命を奪い、残された人にも永い苦しみと不幸を与える。人間が使うべきものではないと思った」

 以来、戦争や人権問題に関心を持つようになった。昨年は核兵器廃絶を求める署名活動で再び長崎を訪問。「被爆者の女性に『あなたたちは私たちと直接話ができる最後の世代。私たちの代わりに後世に伝えて』と言われ、責任の重さを痛感した」と振り返る。

 高校生平和大使は、1998年に長崎と広島の市民団体の呼び掛けで始まった。県内からは2009年以降、計10人が選ばれている。毎年、核兵器廃絶の署名を集め、スイス・ジュネーブの国連欧州本部に届けている。

 25日からスイスに派遣される二宮さんは「今年は特に大事な年」と力を込める。昨年は核兵器禁止条約が国連で採択され、核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)がノーベル平和賞を受賞。高校生平和大使は今年の平和賞候補になった。「少しずつだが、若い世代の地道な活動が世界を動かしている」。そう実感するという。

 二宮さんら全国の平和大使20人は7日、長崎市入り。署名活動などに取り組み、9日早朝には原爆落下中心地碑の前であった集会に参加。二宮さんはマイクを手に「73年前から続く苦しみを再び繰り返さないように力を尽くしたい」と訴えた。

 ただ、核廃絶への道のりの険しさも知った。米国の「核の傘」に依存する日本は、核兵器禁止条約に反対している。

 「核抑止力は必要だという意見も聞く。でも被爆者の体験を知れば、核兵器のない世界を実現すべきだと分かるはずだ」。二宮さんの確信は変わらない。「どんな意見にも耳を傾け、被爆者の体験を元に対話を続けたい。日本が被爆国としての役割を先導できるよう、条約への参加を求めて活動する」。青く澄んだ長崎の空に誓った。(堀江利雅)

(2018年8月10日付 熊本日日新聞朝刊掲載)

©株式会社熊本日日新聞社

紙面を彩った火の国球児たち

「夏の甲子園100回」を記念し、熊本出身のスターたちの〝球児〟時代を取り上げます。 第3弾は「打撃の神様」と呼ばれた川上哲治(熊本工出、人吉市出身)です。

ご購入はこちらから