「車いすで海へ」障害あっても一緒に楽しもう NPOが全国で活動

 海に行きたいけど、車いすでは砂浜を移動できない。乗ったまま波打ち際に行けたらいいな。
 そんな願いを実現する「道」がある。砂浜にビーチマットを敷き、車いすで海を楽しめるようにする活動を、神戸市のNPO法人「須磨ユニバーサルビーチプロジェクト」が進めている。

 ▽日本でもマットを

 7月7日、静岡県下田市の白浜海岸。障害者参加のサーフィンイベント会場に現れる車いす用マットを見ようと、取材に向かった。

ビーチマットの上を進む木戸俊介さん(中央)ら=7月7日午後1時・静岡県下田市・白浜海岸=

 前日まで降っていた大雨が上がり、雲間から光が差し込む白浜海岸には、海に向かって砂浜の上に水色のビーチマットがまっすぐ敷かれていた。米国製のマットはポリエステルでできていて、幅約1・5メートル、厚さ4ミリ。つなげると全長は約80メートルになる。その上を車いすに乗った人や義足の人、松葉づえをついている人が談笑しながらすいすいと進んでいく。

 波打ち際に近づくと、それぞれがサーフボードを手に海に入る。車いすに乗っていた人も義足の人も、波が来ればひょいとボードに乗って鮮やかに波の上を滑る。満面の笑みで波乗りを楽しむ人たちの中に、NPO代表の木戸俊介(きど・しゅんすけ)さん(32)がいた。

義足でサーフィンをするイベントの参加者=7月7日、静岡県下田市

 木戸さんは東京に住んでいた2015年に交通事故に遭い、脊髄を損傷して下半身の感覚を失った。再び自分の脚で歩くことを目指し、半年間のリハビリに取り組んでいたオーストラリアでビーチマットと出会った。

 砂浜に敷かれたマットの上を車いすで進めば、海がすぐ目の前に。言葉にならない達成感と解放感。「日本でもビーチマットを」という思いがこみ上げた。

障害者も楽しめるサーフィンイベントに参加した人たち

 ▽ユニバーサルビーチ

 帰国後、地元・神戸市の須磨海岸で、思いを実現しようと動き始める。当時、同じように須磨海岸をバリアフリー化しようと取り組んでいた「神戸ライフセービングクラブ」と、知り合いを通じてつながりができた。さらに海の家の店主や看護師、神戸市職員など賛同する有志が加わり、全員が集まる会を16年末に開催。「須磨海岸を日本一のユニバーサルビーチにする」と目標を掲げた。

 クラウドファンディングで資金を集め、米国製のビーチマットを購入。17年5月、初めて砂浜に敷いた。乗ったまま海に入れる水陸両用車いす「ヒッポキャンプ」も買い入れ、障害のある人たちやその家族を夏の須磨海岸に迎えるようになる。すると問い合わせが相次ぎ、活動の範囲は次第に広がっていった。

 ▽広がる可能性

 サーフィンに夢中になっている木戸さんたちを見ていると、後ろから家族連れがやって来た。近くの南伊豆町に住む鈴木彪牙(すずき・ひょうが)君(9)とその両親。彪牙君は脳性まひで、普段は車いすに乗っている。ヒッポキャンプに乗って波打ち際まで進むと、スタッフ数名に支えられ、ゆっくりと海の中へ。

ヒッポキャンプに乗って海に入る鈴木彪牙君

 こわばっていた表情が笑顔に変わり、喜びの声を上げた。周りからも「おーっ!」という歓声と拍手が起こる。

 母親の美香(みか)さん(47)によると、これまで海に来たときは、父親が彪牙君を抱きかかえて砂浜を移動していた。ビーチマットは初体験で、美香さんは「楽に進めるのでとても良い。障害があっても海に行きたいと思ったら、ためらいなく来られる。息子が満足そうなのでこっちもうれしくなる」。

 彪牙君はこの後、生まれて初めてのサーフィンにも挑戦した。

 子供を初めて海に連れてきた家族の姿も。「障害があるから、と我慢させてしまうのはかわいそう。子供にいろんな経験をさせてあげたいし、やったらできることはたくさんある」と両親。ビーチマットが広げた可能性を喜んでいた。

畑にビーチマットを敷いて枝豆の収穫をしたイベントの様子(2017年10月14日・兵庫県篠山市)=木戸俊介さん提供=

 ▽一緒に遊んで楽しむ

 木戸さんたちは夏だけでなく、1年間を通していろいろなイベントを開いてきた。畑にマットを敷いて車いすに乗ったまま枝豆を収穫したり、ヒッポキャンプに乗って山登りをしたり。要望があれば、ほかの地域にビーチマットを貸し出して体験してもらっている。

 一番大事なのは「自分がやりたいという思いがあって、自分も楽しむこと」と木戸さん。「周りが『何かをさせてあげたい』という形だと、当事者は重荷だと感じてしまう」。

 須磨海岸では地域の人の協力が広がり、新たに障害者用のシャワーやトイレが設置されるなどの変化が起こりはじめている。ただし、設備を十分に整えるには、まだ時間がかかる。

 木戸さんは「人の心の在り方を変えるしかない」と感じている。かつて、オーストラリアのビーチでは、マットの上で困っている木戸さんに「手伝おうか」と、周りの人が自然に声をかけてくれた。これが今も強く印象に残っている。マットを敷くことで、障害のある人もない人も、同じ海にいて会話をするきっかけが生まれ、助け合える。

須磨海岸に新たに設置された、障害者のためのシャワーやトイレがある施設=木 戸俊介さん提供=

 下田のイベント後、木戸さんに話を聞くとこう語ってくれた。「どうやったら一緒に遊んで、楽しめるのかを考えていくのが大事。みんな同じ場所に生きているんだから」。(共同通信科学部=岩村賢人32歳)

須磨ユニバーサルビーチプロジェクトは↓

 ▽取材を終えて

 木戸さんらの活動は最初にメンバーで顔合わせをした時から取材をしていた。クラウドファンディングで目標額に届かないことも考え、「ビーチマットの代わりに使えるものはないか」と、冷たい風が吹く冬の須磨海岸にベニヤ板や工事用マットを敷いて検証会をやったことを覚えている。

 無事にビーチマットは購入でき、活動が本格化すると多くのメディアに取り上げられ、どんどん仲間を増やしていった。

 「日本の海岸のバリアフリーは海外から10年は遅れている。でもついにマットが来た。全力で応援したい」。そう喜んでいたのは下田市のサーフィンイベントに参加した車いすの男性。木戸さんらの「周りを巻き込む力」は神戸を越えて日本全国に広がり始めている。皆さん、障害があってもなくても、ビーチマットのある海岸を是非体験してみてください。

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