上海からポルトガルのロカ岬へ リアカー引いて世界を歩く(1)

 東欧で凍傷を負い、北米で熊に襲われ、南米で絶景に心を奪われた―。2009年からリヤカーを引いて世界中を歩く旅を続けた吉田正仁(よしだ・まさひと)さん(37)が地球2周分に迫る約7万7500キロを踏破した。取材方法は主にメールだった。記者が9年半でやりとりしたのは約250通。鳥取市の自宅に戻った吉田さんを訪ねると履きつぶした靴21足を見せてくれた。泥にまみれ、すり切れ、底に大穴が開いたのもある。「歩いた距離を証明する物なので捨てられない」。靴を前に長旅を振り返った。(共同通信・原子力報道室=広江滋規)

中国・上海人民広場を出発した吉田さん=09年1月1日、中国(本人提供)

時速5キロの徒歩の旅へ

 09年1月1日、青く澄んだ空が広がる中国・上海人民広場。新しいリヤカーの荷台にテントや調理道具など計約50キロの荷物を積み、ユーラシア大陸西端のポルトガル・ロカ岬を目指して歩き始めた。

 「時速5キロの徒歩の旅でしか会うことができない人や景色を見たい」。期待に胸が踊る一方、達成できるのか不安も入り交じった。

 1月9日。スタートから270キロ地点で右足首が腫れ、歩くたびに激痛に襲われた。歩き始めたものの200メートルも進まず道端にしゃがみ込んだ。

 当時の日記にはこう書いてある。「これまでいつも中途半端。今回はやり遂げる。足がどうなろうとも」。休みながら歩き続けた。1週間ほどで痛みが引いた。

荷物を盗まれる

 09年12月29日、雪が降るウクライナ南部を歩いていた時、親しくなった現地の人に自宅に招かれた。ワインを勧められて酔いつぶれ、寝室で深い眠りについた。

 翌朝起きると、枕元に置いたパソコンとカメラが見当たらない。さらに軒下に置いたリヤカーの積み荷もなくなっていた。「盗まれた」。頭が真っ白になった。

 地元警察に相談すると、近くに住む少年の仕業だったことが判明した。泊めてくれた現地の人が共犯者で少年を手引きした可能性が高かった。

 「警戒すると出会いはなくなるし、油断しすぎると危険な目に遭う」。旅先での出会いを楽しむ気持ちと警戒心のバランスを考えさせられた。

凍傷で入院

 10年1月23日夕方、ブルガリア東部で20キロ先の村を目指して山越えを始めた。

 既に暗くなり始めていたが、残雪が辺りを明るく見せていた。山はやがて勾配が険しくなり、氷点下20度を下回る気温の中、極度の疲労に襲われた。

 通りがかった車の運転手が、心配して車に乗るよう声をかけてくれたが「大丈夫だから」と断った。少しの距離でも車に乗ると、徒歩の旅が台無しになるとの思いがあったからだ。

 しかし疲労は強く、目指していた村にはたどり着けそうもなく、しばらく歩いて見つけた山小屋に助けを求めた。
 もてなしを受けてしばらくすると右手の指3本の異変に気がついた。凍り付いて紫色になっており、翌日になると水ぶくれのように腫れ上がった。凍傷だった。

 病院に1週間入院し、切断は免れた。「歩くのに固執したがために凍傷を負ってしまった」

山越えで凍傷を負って入院中の吉田さん=10年10月、ブルガリア(本人提 供)

 トルコ・イスタンブールやイタリア・ベネチアなどを巡り10年8月、ロカ岬に到着した。(続く)

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