第1回:社会課題を先取りするマネジメントの重要性

社会課題を先取りし変革と成長ができる組織のあり方を考える

ESG投資などのソーシャルインパクト投資を日本の経営者はどうとらえているか

近年、ESG投資など企業の非財務的な側面、長期的な社会価値を観点に入れた株式投資が注目されています。なぜならば、「人」や「組織」、そして「社会とのつながり」など、財務指標からは直接見えない価値こそが持続的成長の源と考えられるようになってきたからです。筆者は日本能率協会が毎年実施している経営課題調査で、これらの動向が今後3年間の企業経営にどのような影響を与えるのかを尋ねてみました。
その結果、「プラスに影響する」(「プラスに影響する」と「どちらかと言えばプラスに影響する」の合計)と回答する企業は全体の5割弱でした。
さらに、従業員規模別の結果でみると、大手企業では7割程度の企業が「プラスに影響する」(「プラスに影響する」と「どちらかと言えばプラスに影響する」の合計)と回答しています。こうしたことから、日本の主要な大手企業にとっては、非財務的な側面、長期的な社会価値を観点に入れて株主が投資をすることが、自社にプラスの影響を与える、好意的な動向であると考えられているようです。

非財務指標に関する「重要度」および「KPI」の設定状況は?

一方で企業は、対投資家やステークホルダーに対して、財務指標以外の情報を開示することで経営の質を明示し、長期視点でのパートナーシップを形成することが重要になっています。同じ調査において、主要な非財務指標に関する「重要度」と「KPI 」の有無についても尋ねた結果が以下の図です。

まず、非財務指標に関する「重要度」についてみると、「ダイバーシティ(女性管理職比率等)」「健康経営の推進」「従業員エンゲージメント(従業員満足度調査指標等)」など、社内人材のマネジメントに関連する項目の重要度が高まっている傾向がみられました。次いで、「ガバナンス(社外取締役の数等取締役会の多様性)」「環境負荷(製品ライフサイクル、再生可能原料、省エネ等)」「顧客エンゲージメント(顧客満足度調査指標等)」「社会課題への貢献(SDGs等への対応)」と続く結果となりました。総じて、非財務指標の中でも社内的要素に重きが置かれていることがわかります。

また、これら非財務指標に関する「KPI」の有無と実践状況についてみると、「ダイバーシティ(女性管理職比率等)」「環境負荷(製品ライフサイクル 、再生可能原料、省エネ等)」「経営品質(ISO 認証、経営品質賞活用等)」では2割以上の企業がアクションを推進しているものの、全体的に実践度合いは低調です。特に「社会課題への貢献(SDGs等への対応)」については、「全社戦略として設定しアクションを推進している」と回答した企業は7.4%に過ぎませんでした。

SDGSなどの社会課題をビジネス変革のチャンスにできるか

「SDGsビジネス」の市場規模は、デロイトトーマツグループの試算では、小さいもので70兆円、大きなもので800兆円程度と指摘されています。しかし、「社会課題への貢献(SDGs等への対応)」については、「全社戦略として設定しアクションを推進している」と回答した企業は7.4%というJMA調査でもわかるように、残念ながら「SDGs=ビジネス変革のチャンス」という認識が、日本企業では遅れているようです。一般財団法人企業活力研究所の調査(平成29年3月)でも、「SDGs を新たなビジネスチャンスと捉えている」と回答したのは、日本企業の経営陣で約29%、欧州企業の経営陣では約71%と、大きな差がついています。

こうした状況を象徴する典型的なエピソードが、最近のスターバックスコーヒーの例ではないでしょうか。今年5月末、使い捨てストローが海洋を汚染し、海洋生物を危険に晒すことなどを背景に、欧州委員会が、ストローや綿棒など、一部の使い捨てプラスチック製品の流通を禁止する規制案を加盟国に提示しました。米国でもシアトルなどの自治体が相次いで規制を導入しはじめています。こうした中で即座に意思決定したのがスターバックスコーヒーとマクドナルドでした。両社は相次いでプラスチック製ストローの廃止計画を発表。多国籍企業としての広報戦略も当然あるでしょうが、世界中の店舗で近い将来に全廃を目指すというのです。

スターバックスコーヒーを例にあげれば、これにより年間10億本以上のストローが削減される予定です。そして同社はその代替に、リサイクルできたり、生分解性素材を使用した破棄できる容器の開発に1000万ドル(約11億円)投資することを表明しました。スターバックスコーヒーのこのアクションは、SDGsの目標に連動し、環境の持続可能性を追求する取り組みである一方、プラスチック製ストロー関連市場を縮小させ、代替市場を創出する新価値創造の取り組みでもあります。その未来では、新しいバリュー・チェーンがうまれ、既存企業の撤退や雇用の転換もそれに伴い起こるかもしれません。もし仮にこの容器開発技術で特許を得ることができたとしたら、場合によっては世界のプラスチック製容器市場に取って代わる可能性もあるかもしれません。
ちなみに、EUは人口約5億人で、ストロー等プラスチック製品市場のほとんどを、アジア・太平洋地域の企業が握っている現状にありました。むろんEUとしても、アジア・太平洋地域からの輸入品がほとんどを占めるストロー等市場を規制し、EU企業で代替製品の開発を主導できれば、EU企業の産業振興、国際競争力強化につながります。

この使い捨てストローの例からも象徴されるように、今や社会や地球環境の持続可能性に、企業活動が大きな影響を与えています。そして、それを積極的に言い換えれば、「社会や地球環境の持続可能性に、企業活動が大きく貢献しつつ、企業自らの持続可能性を高めることができる」ということにほかなりません。そのためには、社会や地球環境の持続可能性と、企業自らの持続可能性とを両立すべく、自社のビジネスを変革し、市場での主導権を握り続けていくことが重要となります。欧州委員会のストロー等規制の動きの中で、積極的な動きを見せたのは日本企業ではなく、スターバックスやマクドナルドなどのグローバル企業でした。同様のことが今、自動車産業における「脱石油・EV化」など、様々な産業領域で急速にはじまっています。

社会課題を起点としたビジネス変革を巻き起こすための視点

では、それぞれの企業の中で、こうしたビジネス変革を誰が主体となって、どのように巻き起こしていけるでしょうか?

製造業であれば、ある製品を市場に提供する際の『購買物流』、『製造』、『出荷物流』、『販売・マーケティング』、『サービス』、そしてそれら活動を間接的に支える『技術開発』、『調達』、『人事・労務管理』、『経営戦略、CSR、広報等全般管理』。これらバリュー・チェーンを構成する、あらゆる部分が、ビジネス変革の主体・主人公であると意識することが極めて重要だと筆者は考えています。そしてまた、スターバックスコーヒーのように、早いスピードで社会課題を自社課題として咀嚼し、ビジネス変革を推進できる組織体質が重要です。そうでなければ、別の企業に主導権を奪われてしまうでしょう。しかし、このビジネス変革のスピードを左右するのが、今までの成功体験によって積み上げられた組織体質、言い換えると組織文化の壁です。

ジェームズ・マーチという組織論の学者は、企業組織は、当面の事業が成功すればするほど、中長期的に「知の深化」(自分の「身近にある知識」だけを活用する)に偏りがちで、「知の探索」(自社にない外部の色々な知の組み合わせを試す)をなおざりにする傾向があること。その結果として中長期的なイノベーションが停滞するという傾向を指摘し、「コンピテンシートラップ」と名付けました。「コンピテンシートラップ」とはまさに組織文化の壁といえます。図で例えると次のようなイメージでしょうか

今まで、成功体験を積み重ねてきた「自前主義」、「ものづくり」、「QCD」などの企業行動パタン・組織文化の上に、急に「オープンイノベーション」、「ことづくり」、「サステナブル」などの新しい企業行動パタンを導入しようとしてもフィットしないということなのです。

組織文化は「存在意義」や「価値の優先順位」などで構成される、いわばコンピューターのOSのようなものです。このOSが外部環境の変化に伴って適宜バージョンアップされ、コンピテンシートラップに陥らないようにすることが重要になります。そして、自社や、各現場部門の社会的存在意義を見つめ直す、自前主義など過去の常識から脱却する、社内に眠る新しい感性(女性や若手、シニア、外国人など)を引き出す、顧客や投資家、地域やNPOなど、外部の多様性・異なる感度を活かす、etc。こうしたことのできる組織文化に転換するマネジメントが大切です。

次回はその点について、1つのモデルを例にあげて書いていきたいと思います。

【深代 達也】

© 株式会社博展