軍師・官兵衛の父の墓所から当家ゆかりの「珪化木」出土 234年ぶりに姫路へ“帰郷”

234年ぶりに姫路に戻った珪化木を囲む幸田精久宮司(左から2人目)や山下博文会長(中央)ら=広峯神社

 兵庫県姫路市にある戦国武将・黒田官兵衛の父職隆の墓所から出土し、福岡市の大長寺に移された黒田家ゆかりの「珪化木(けいかぼく)」が、234年ぶりに古里に帰ってきた。姫路市広嶺山の広峯神社に来春、建立される「官兵衛神社」のご神体となり、19日には一般公開も予定。関係者は「木を通じて黒田家と姫路とのつながりをより強く示すことができる」と喜ぶ。(井沢泰斗)

 珪化木は、同市飾磨区妻鹿の黒田職隆廟所(職隆の墓所)で1783年に五つ見つかり、職隆の菩提寺・大長寺で保管されてきた。

 2年前、珪化木が同寺にあると知った広峯神社や地元の「播磨の黒田武士顕彰会」は、官兵衛神社のご神体にしたいと譲渡を依頼。今回、広峯神社の幸田精久宮司らが福岡を訪れ、五つのうち一つを持ち帰った。

 官兵衛神社は、NHK大河ドラマの放送で生まれた官兵衛顕彰の機運をさらに高めようと、来年春の完成を目指す。

 幸田宮司は「樹木が化石化した状態の珪化木は朽ちることがない。黒田家の繁栄を願って埋められたのではないか。新しい神社で末永く大切にしたい」。同顕彰会の山下博文会長(74)は「黒田家の足跡をたどる場所が新たに生まれ、市民にとって歴史が身近になるはず」と期待する。

 19日は地元自治会が黒田職隆廟所で神事を行い、午後0~2時、近くの観音堂で木を公開する。同市飾磨区妻鹿の前顕彰会長神沢輝和さん(76)は「職隆の墓所で見つかったとあって、官兵衛自身が珪化木を埋めた可能性も考えられる。これを機に妻鹿にも黒田家ゆかりの場所があることを広く知ってほしい」と語る。

 一般公開に関する問い合わせは広峯神社TEL079・288・4777

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