「お金なんか要らない」とのたまう田園調布のお嬢様vsカメレオン並の変貌を遂げる二子玉川妻

あなたは覚えているだろうか。

有り余る承認欲求のせいで、ただの主婦ではいられない二子玉川妻たちの戦いを。

「サロネーゼ」と呼ばれる、自宅で優雅に“サロン”を開く妻たち。空前の習い事ブームにより脚光を浴びた彼女たちだが、それも数年前までの話。

東京では早くも旬を過ぎ、サロネーゼたちの存在感は急速に薄まっている。

それでも未だ “何者か”になることを求めてもがき続ける妻たちの、現在の様子を覗いてみよう。

前回は元祖カリスマサロネーゼ・マリの復活劇を紹介した。

続いては、田園調布三丁目で暮らすお嬢様アロマセラピスト・サヤの、その後のお話。

お金儲けに、興味はありません

私はもともと「サロネーゼ」なんて信用していません。

大したスキルも経験もないのに付け焼刃のように資格だけとって、したり顔で人様の前に立つなんて。そんな厚顔無恥なこと、私には無理。

ええ、そうです。もともとはただの損保OLだったのに、二子玉川でポーセラーツサロンBrilliantを主宰していた由美さんのことよ。

彼女、有名な読者モデルに媚を売ってまで雑誌に出たり、名前を売るのに必死でしたよね。

それなのに習い事ブームが過ぎたらあっさりサロンをやめたとか。

しかも彼女、子どもが生まれて子育てに専念するのかと思ったら、最近やたらとママ雑誌に登場しているのをご存知?

今度はママ界で一旗揚げてやろうって魂胆がみえみえ。相変わらず、あさましいったらないわ。

…私?

私は今も変わらず、アロマセラピストを続けています。

高校生の時にアロマの勉強を始めて…もう15年のキャリアになるかしら。

私にとってアロマは生活の一部。化粧水やクリーム、今の時期だと虫除けスプレーなんかも自分で手作りしています。

中でもこだわりのバスソルトがあって、そちらは“Real Aroma”というブランド名で販売しているの。

…だけどいいんです、別に。売れなくても。

私、お金なんか要らないので。

こだわりのバスソルトを販売しているのに、「売れなくていい」というサヤ。その矛盾に隠された本心とは

本物は、主張せずとも認められる

“商品が売れました”

スマホ画面に表示されたポップアップを、サヤは思わず二度見した。この通知を見るのは2ヶ月…いや、3ヶ月ぶりだろうか。

イスラエルから輸入した死海の塩にオーガニック精油で贅沢に香りづけしたバスソルト“Real Aroma”は、サヤこだわりの逸品。

オーストラリアのオーガニック認定も取得して個人のネットショップで販売をしているが、正直なところ…相も変わらず、まったく売れていない。

それでも商品の質の高さは、(数少ない)顧客のリピート率が証明してくれている。

−知ってさえくれれば。そうすれば必ず気に入ってもらえるのに。

じれったいが、しかしサヤは商品への自負や自信はあれど、宣伝する術を知らない。

原材料にこだわった結果、“Real Aroma”の利益率は一般的なそれと比較してかなり低い。無駄に広告費をかけることができない以上、まずは自らの手で知名度を上げるほかないのだが、サヤにはどうしてもそれができないのだ。

飲食事業で財を成した父方の祖父のおかげで、サヤは田園調布三丁目の豪邸で何不自由なく暮らしている。幼稚園から高校までをカトリック系のお嬢様学校で過ごし、日本女子大学を卒業。

その出自のおかげで、フライトはいつもファーストクラスであることや、身につけている服やバッグが高級品であることをあえて声高に叫ばずとも、周囲はいつもサヤに一目置いていた。

それゆえ、自身の持てるものをこれでもかと活用するマリや、どんな手を使ってでも前に出てやろうとする由美のような真似は絶対にしたくないし、する必要がないと思っている。

−本物は、主張せずとも認められる−

その主義主張を、プライベートのみならず商売においても変えなかった結果が、3ヶ月に1つの売上という現状なのであった。

由美からの救いの手

「サヤさん、お元気?」

サヤがいそいそと、しばらくぶりに売れた商品の発送作業をしていると、他ならぬ由美から電話がかかってきて驚いた。

突然の、久しぶりすぎる連絡。

由美がポーセラーツサロンをクローズしたことも、サヤは風の噂で知っただけ。考えてみれば、直接話すのは数年ぶりだ。

聞けば彼女も現在、自身でネットショップを運営しているのだという。

ほとんどはオリジナル企画商品らしいが、中には仕入れ商品もあり、今回、新たにバスソルトの取り扱いを検討しているのだと彼女は言った。

「ぜひ、サヤさんのバスソルトを扱いたいの。あんなに素晴らしい品質のものって、他にはないもの!」

由美は“Real Aroma”をべた褒めしたあと、電話の向こうで声を潜める。

「ほら、ミカちゃんもバスソルト作ってるんだけど…あそこのはオーガニック認定も取っていないし。なんていうか、それなりのモノじゃない?

それに比べてサヤちゃんのこだわりとセンス、本当に尊敬する。よかったらぜひ一度、打ち合わせさせてくれないかしら?」

“ミカちゃん”と言うのは先述の、由美が以前、懸命に取り入っていた有名読者モデルである。

ミカといえば“Real Aroma”の紛い物のような二流のバスソルトを販売したり、協会などという謎団体を設立したりしていたが...そういえば彼女は今、どうしているだろうか。

忌々しい記憶にしばし気を取られたが、そのあと耳に流れ込んだ由美の言葉は、サヤの頭をすっきりと冴え渡らせた。

「実はね、全国に複数展開している高級リゾートホテルのオーナーに知り合いがいて。

すでにうちの商品をいくつか卸しているのだけど、バスソルトを客室用に大量発注したいっていう話があるの!」

思いがけぬ棚ぼた案件!しかし蓋を開けてみると、許しがたい事実が隠されていた

−客室用に、大量発注!?

それは…願ってもない話である。

なんせ現状の“Real Aroma”は、3ヶ月に1つのペースでしか売れていないのだ。それがもしかすると、数百のオーダーに化けるかもしれない。しかも、定期的に。

「ええ、もちろん。私でよければ力になるわ」

興奮がにじみ出ないようグッと堪えながら、サヤは精一杯、落ち着いた声を出した。

数日後。

『ナチュラム カズヤ スギウラ』で数年ぶりに再会した由美は、すっかり“二子玉川のママ”が板についていた。

FOXEYのフィットアンドフレアを脱ぎ捨てた彼女は、ロンハーマンあたりに売っていそうな抜け感のある(つまり楽そうな)Aラインのワンピース姿。

足元もフェラガモのヴァラからエルメスのフラットサンダルに変わっていて、サヤは彼女の、そのカメレオンのごとき変わり身の早さに感動すら覚えるのだった。

「バスソルト、気に入ってくれて嬉しいわ」

一通りの近況報告ののち、サヤは遠慮がちに話を切り出した。

なんてことない風を装ってはいるが、大量オーダーが入るなんて、サヤにとって初めての経験である。

“Real Aroma”が多くの人の手に渡り、世に広く知ってもらえるきっかけになるかもしれない。何しろ、商品の品質は間違いないのだ。口コミだって期待できる。

「そうね。早速、詳細を詰めていきたいのだけど…」

しかしそう言って応じた由美の表情に、サヤはひやりとした。

彼女が、これまでに見たことのない“仕事モード”の顔をしていたからだ。

「まず最初に言っておくと、いろいろ考えた結果、うちのお店で扱うバスソルトはうちのブランドとして販売したいと思っているの」

「え…?」

意図をすぐに飲み込めずにいるサヤに、由美は淡々と続ける。

「OEMって言えばいいかしら。中身は“Real Aroma”だけど、パッケージは完全に変えてうちのブランド“Brilliant”のラベルをつけさせてもらう。ちなみに、リゾートホテルに卸すものも“Brilliant”ラベルのバスソルトね」

「…てことは、つまり、購入する人は“Brilliant”だと思って“Real Aroma”のバスソルトを使うってこと?」

そんなのは、困る。慌てて尋ねるサヤに、由美はしかし大きく頷いた。

「そうね、だけどサヤさんにとっても悪い話じゃないはずよ。個人で売っているだけじゃ、ほとんど利益にならないでしょう。

小売は数を売らなきゃ儲からない。OEMを受けてくれれば定期的に売り上げが立つし、そうすれば新商品の開発なんかもできるんじゃない?」

確かに、その通りだ。由美の言っていることは間違っていない。それはサヤにもわかる。

しかし聞けば聞くほど心にモヤモヤとした感情が溜まる。耳が自然と、由美の言葉を拒絶するのだ。

−嫌だ。“Real Aroma”が “Brilliant”に取って変わられるなんて、絶対に嫌。

「…そういうことなら私、今回は遠慮するわ」

微かに震える声を、絞り出した。

もっと跳ね返すように言ってやりたかったが、しかし声を張ることも、由美を見据えることもできなかったのが悔しい。

…やっぱりこの女は、曲者だ。

親切なフリをして近づいてきて、しかし蓋を開けてみれば、サヤが精魂込めて生み出した大切な“Real Aroma”を、自分のものにするつもりだったのだ。

「…そう?私はサヤさんにとっても良いビジネスだと思ったんだけど。でもダメなら仕方ないわ。他を当たるから、気にしないで」

難色を示すサヤを、どこか冷ややかに見つめる由美。

サヤはその、心を見透した視線をかわすように俯き、彼女の声とビジネスチャンスが遠のいていくのを、苛立ちとともに聞いた。

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