平和を守り継ぐ 戦後73年 (上) 伝わらぬ本質

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被爆地・長崎に送る千羽鶴を手に、「二度と戦争をしない思いを次の世代に引き継ぎたい」と語る太田耕作さん=大分市

 太平洋戦争の敗戦から8月15日で73年がたつ。日本人は「二度と戦争をしてはいけない」との反省に立ち、戦後を歩んできた。当時を知る世代が減り、日常に「平和」を意識する機会が少ない中、その尊さをどう継承していくか。県内で試行錯誤しながら、子どもたちに“響く”学習活動に取り組む人たちを取材した。

 「戦争 イメージしにくい時代」

 「平和な日本で、平和を学ぶ難しさがある」。県生活協同組合連合会専務理事の太田耕作さん(77)=大分市里=はそう感じることがある。

 戦争の痕跡を見ながら歴史の悲劇を身近に感じてもらおうと、毎年7月に県内の遺跡巡りを企画する。100人ほどの親子が参加し、海軍航空隊跡地や地下壕(ごう)などを見学してきた。

 体験者が高齢化

 感想文では「絶対に風化させてはいけない歴史」といった声が多く集まるが、太田さんは「課題はその先にある」と指摘する。子どもたちにとっては遠い世界の出来事でイメージしにくいのではないか―。そんな不安を抱くという。

 「なぜ戦争が起きたのか、日本人は何を間違ったのか。本質を考える広がりもできていない」

 日本人の意識が高まるのは毎年8月が中心。時期が過ぎれば食の安全や環境保護といった暮らしの問題に比べて関心は低くなる。

 戦争体験者が高齢化し、肉親から直接、話を聞く機会も減っている。「これまで証言してくれた語り部がいなくなれば、興味を持たない人が出てくるかもしれない」

 忘れられぬ恐怖

 自身は大分市で育ち、4歳の時に終戦を迎えた。米軍爆撃機のごう音と恐怖は今でも忘れられないという。市中心部が空襲で焼け野原になったことも知っている。

 「平和が失われたら、われわれの暮らしは根底から狂う。戦争をする世の中をつくりたくないなら、自分たちは何をするべきかを考えなければ」。歴史を学びながら、社会の在り方も問い直してほしいと願う。