次代に継ぐ父への思い~山形の佐藤さん 孫と全国戦没者追悼式へ

 政府主催の全国戦没者追悼式が今年も終戦の日の15日、東京・日本武道館で行われる。参列者の高齢化が進む中、平成最後の式典に本県から戦没者の子と、ひ孫世代が一緒に臨む家族がいる。山形市の佐藤由美子さん(77)と孫の大清君(11)=南山形小6年=だ。献花補助者を務める大清君は「式に出て、戦争やひいじいちゃんのことをもっと知りたい」と話している。

 佐藤さんの父・笹原勝蔵さんは1945(昭和20)年1月、中国大陸で戦死した。舟形村(現舟形町)で亜炭の採掘業者に務めていた41年8月に召集され、山形市の霞城公園に駐屯していた陸軍歩兵第32連隊に入営した。その年の1月に生まれたばかりだった佐藤さんは、母ミヨさんにおんぶされ、兄と3人で汽車に乗り、駐屯地まで父に会いに行った。

 母は二度と会えなくなることを覚悟して何も話せず、兄は「父ちゃん、うち帰るべ」と言ったと、大きくなってから母に聞いた。「『お前は笑ってばかりいるな』と言って、父は頬をなでてくれたというが、生後まだ半年ほど。覚えているはずもない」。これが父との最後となった。

 佐藤さんは結婚し、山形市内に自宅を構えた。兄は県外に出たため、舟形町から年老いた母ミヨさんを呼び寄せ、亡き父の墓も市内の寺に移した。11年前に93歳で他界した母もそこに眠っている。佐藤さんは少ない写真でしか見たことがない父をそばに感じながら、同じような境遇の人たちが多い遺族会の活動に尽力してきた。

 全国戦没者追悼式には2015年にも参列。歳を重ね「だんだん東京まで行くのも大変になる。孫の世代に引き継げるようにしたかった」。昨年ごろから戦争のことや勝蔵さんのことを同居する大清君に話し、式典に出てみないかと誘っていた。

 今回、奈良県に嫁いだ佐藤さんの長女と5歳の孫も参加することになり、大清君も「奈良のいとこが出るなら、ぼくも行ってみたい」と参列を決め、献花者に花を手渡す補助者の役割も担うことになった。「戦争で亡くなっていなければ、ひいじいちゃんと会えていたかもしれない。花を渡すのは緊張するけど、ばあちゃんをしっかり支えてあげたい」と大清君。佐藤さんは「母から聞いた父のこと、遺族として祈ることなど、孫の世代にもつなげなければと思っている。しっかり引き継いでくれればうれしい」と語り、孫たちと祈りをささげる15日を待つ。

©株式会社山形新聞社