【日日是好日】変わらぬ風景を守りたい 羅漢寺住職 太田英華

お盆の棚経の帰り道、ヒノキ林から夕日の木漏れ日が射し、気の早いツクツクボウシの鳴き声と共に、爽やかな風が吹きました。風のおかげで、暑さも良いものだと感じます。

八月に入り、連日檀家(だんか)さんのお宅にお盆の棚経回りをしております。羅漢寺の檀家さんは70軒ですが、お盆期間に全てのお宅へ伺えないため、少々早いお盆ですが、皆さんのお宅へお参りします。

1年に1回の棚経は「お元気ですか?」と確認する家庭訪問さながらです。晋山式後の棚経ということもあり、例年とは違い皆様、少々気合が入っているようで、ほほ笑ましいです。檀家さんは年を取ったものの、おなじみさんで、私の大切な思い出を作る風景の出演者でもあります。皆さん、今年もお元気です。

先日、慶應幼稚舎の6年生29人が今年もやって来ました。彼らは「福沢諭吉先生の軌跡をたどる旅」のメンバーで、今年で17年目になります。

ご存じ福沢諭吉さんは、中津市でお育ちになり、そして耶馬渓の風景を愛された方でした。羅漢寺にもお彼岸には必ず来られていました。静かでとてもお行儀がよい慶應幼稚舎の彼らも本堂前で私に会うと、さすがにびっくりした顔をし、中には目を丸くして、ずっと私の顔を見ている子もいます。

引率の先生から紹介された私は「皆さんは、女性のお坊さんにあったのは初めてですか」と尋ねると、皆素直にうんとうなずきます。「私はこのお寺の住職で…あっ、住職って一応このお寺で一番偉い人なんです」と言いますと、面白いぐらいに皆「えっ!」という顔をします。私はその反応が面白く、思わず吹き出してしまいました。

本堂前で合掌のごあいさつの説明や、福沢諭吉さんと羅漢寺の関係を説明すると、皆熱心な表情で聞いています。最後に彼らの先輩で写真家、星野道夫さんの言葉を紹介しました。

「子供の頃に見た風景が、ずっと心の中に残ることがある。いつか大人になり、様々な人生の岐路に立った時、人の言葉ではなく、いつか見た風景に励まされたり、勇気をあたえられたりすることがきっとある」

私は言いました。「福沢先生はこの町を愛されました。いつか自分の後輩にもこの風景を見てもらいたいと思ったことでしょう。どうか皆さん、この風景を忘れないでください。そして、また来てくださいね」。お行儀がよく、素直な子どもたちは皆しっかりうなずき、きちんと合掌をして、山を降りていきました。

小さい頃に見た様々な風景は、私の心にもずっとあり、私は今もその風景の中にいます。この変わらない風景に支えられ、生かされている。この風景を、私たちは変えてはいけない風景として守らなければ…。あの頃に見た同じ夕日を眺め、私は改めて変わらない風景に感謝したのでした。合掌。

【略歴】1967年、羅漢寺27世住職の娘として生まれる。高校卒業後、大学進学のため上京。20代半ばから40歳で出家するまでフラメンコダンサーとして活動。出家後、愛知県の尼僧専門修行道場で約5年間、僧堂修行し、2013年3月に帰山。現在、羅漢寺28世住職として寺を守る。

=2018/08/12付 西日本新聞朝刊=

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