漫画への情熱、愛されて 先月急逝の佐藤タカヒロさん

 迫力ある相撲の取組と、登場人物の熱い心情描写で人気を集めた「バチバチ」で知られる酒田市在住の漫画家佐藤タカヒロさん(本名佐藤貴広)が7月3日、41歳の若さで急逝した。「自分にもしものことがあったら、娘たちには漫画の単行本をパパだと思ってほしい」。そう言い残してこの世を去った佐藤さんは全身全霊で週刊誌の連載に臨み、その温かい人柄は家族や友人に愛されていた。

 2009年に週刊少年チャンピオンで連載が始まった「バチバチ」は、暴力事件で角界を追放された名大関の息子・鮫島鯉太郎が、小兵とされる体格で真っ向勝負にこだわり続け、力士として成長する物語。2度の改題を経た最終章「鮫島、最後の十五日」は幕内に上がった鮫島が、その身を削りながら初優勝を目指す姿を描いた。今年中の完結を目指していたが、佐藤さんは突然、病に倒れ、7月12日発売の18年33号で未完のまま最終回を迎えた。

 幼少時から絵を描くのが大好きだった佐藤さんは、羽黒高から仙台デザイン専門学校(仙台市)に進学。卒業後は首都圏で漫画のアシスタントをしながら描き、00年に週刊少年チャンピオンの新人まんが賞で準入選を果たした。04年には学生時代に取り組んだ柔道がテーマの「いっぽん!」の連載が決まり、「漫画を伸び伸び描きたい」と古里の酒田市に拠点を移した。

 妻の七々子さん(42)によると、06年の「いっぽん!」終了後は次の連載が決まらず、漫画家として苦悩する日々が続いたという。編集部の提案で「バチバチ」が始まったが、当初はさほど相撲に興味がある様子ではなかったという。相撲部屋などへの綿密な取材と画力向上への努力が実を結び、連載は軌道に乗った。

 七々子さんが好きだったのは2ページ見開きで取組を描いた大ゴマ。手描きにこだわり、迫力と動きのある表現を追い求めた佐藤さんの真骨頂だ。担当編集者が「常に上を目指し、どんどん絵が変わっていく」と話すように、締め切り直前、納得がいかずに原稿を差し替えるなど、妥協を許さない仕事ぶりだった。

 一方で、優しい人柄が多くの人に愛された。3人の娘の学校行事などには欠かさず参加。若いアシスタントにネーム(下書き)作りの基本を教え、漫画家としての成功を自分のことのように願っていた。葬儀には家族も驚くほど多くの旧友が訪れ、別れを惜しんだ。

 「毎週全力で、その時点のベストを描こうとしていた。仕事に関して悔いはないはず」と七々子さん。そんな父の姿を見てか、娘たちも絵を描くのが大好きだ。家族のようにかわいがったアシスタントたちは、デビューを目指して励んでいる。作品の続きはもう読めないが、漫画に懸けた佐藤さんの情熱はしっかりと受け継がれている。

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