ロッテ井上の急成長を支える“引きつける打撃” ロッテ打線にも同じ傾向?

ロッテ・井上晴哉【写真:荒川祐史】

見極めの向上により、苦戦していた1軍レベルの投手に対応

 ロッテの井上晴哉内野手が7月のパ・リーグ月間MVPを受賞した。昨季までは和製大砲としての大きな期待を背負いながら、思うように結果を残せなかったが、今季はすでに19本塁打を記録。シーズン30本も狙える飛躍のシーズンとなっている。

 過去数年の井上は、2軍で十分な実績を残しながらも1軍では力を発揮しきれなかった。その様子は1軍と2軍での四球と三振の傾向に現れている。BB%(打席に占める四球の割合)を見ると、2016年、2017年と2軍では一定以上の割合で四球を獲得していたが、1軍では4.7%、4.2%とリーグ平均の半分程度しか獲得することができていない。2軍と違い1軍では投球についていけていない様子が数字からも見えてくる。2017年には2軍でBB%、三振の割合を表すK%を大幅に改善させたが、それも1軍の舞台で発揮することはできなかったようだ。

 パワーに関する指標も確認しておこう。打者の長打力を表すISO(Isolated power)に目を向けると、2016年、2017年は2軍では.275、.225と平均を上回る高い値を記録しているにもかかわらず、1軍ではその値が半分以下に低下。長所である長打力の面でも1軍では力を発揮できていなかったようだ。

選球眼の変化【画像提供:DELTA】

 なかなか殻を破れなかった井上だったが、今季は1軍で四球、三振、長打を改善させ、リーグ屈指の打者へと変貌を遂げた。この変化の裏側にあるのがボール球の見極めだ。井上のボール球スイング率は2016年から2017年に34.1%→39.8%と推移してきた。今季のパ・リーグ平均が28.0%であることを考えると、非常に悪い数字である。

 しかし井上は今季、このボール球スイング率を24.8%にまで改善させている。ボール球に手を出す確率が非常に高かった打者が、見極めに優れた打者に変化したのだ。さらにボール球に手を出さないことは空振りの減少も生んだ。投球全体に占める空振りの割合を表す空振り率は昨季の14.2%から9.0%に低下。いくらパワーがあっても空振りをしてしまっては長打の可能性はなくなる。この数字も長打の増加につながっているだろう。選球眼の向上が打撃全体の好循環を生んだのだ。

低めに手を出さないロッテ打線

 それでは具体的に井上のどういったボールの見極めに変化があるのかを見るため、投球コースを高め(高めボール・ストライク)、真ん中、低め(低めストライク・ボール)の3つに分け、それぞれのスイング率を見る。

高低別スイング率の変化【画像提供:DELTA】

 井上の今季の値を見ると、どの高さの投球に対しても大幅にスイング率を下げている。コースにかかわらずスイングをすること自体が減っているようだ。高めは昨季から15.9%、低めは13.8%スイングする確率を下げている。

 またこの傾向はロッテ打線全体に共通するものだ。チーム全体の高めスイング率は2017年から4.0%、低めは6.6%低下。ロッテとNPB平均とを比較すると高め、真ん中に対するスイング率は同じような値であるにもかかわらず、低めに対するスイングは5.0%も少ない。チーム全体で低めのスイングを控えているようだ。

 ロッテの打撃コーチには今季から金森栄治コーチが就任している。金森コーチといえばボールを引きつけ捕手寄りでボールを捉えようとする打撃指導を行うことでも有名である。金森コーチは昨秋のキャンプから、チームに低めの球を捨てて肘の高さを打つ意識を植え付けたという報道もあった。これらのデータはこういった報道とも符合する。

引っぱり方向に飛びやすい低めもセンターや逆方向に

 ただ、ここまでのデータでは低めに手は出してはいないものの、実際に引きつけて打っているかどうかはわからない。そこで打球方向を見てみたい。引きつけて打つことができているならば引っぱり方向に打球が飛ばず、センターや逆方向に飛ぶはずだ。

 先ほどスイング率を見る際に使った投球の高さ別に、今度は打球が引っぱり方向に飛んだ割合を見てみよう。NPB平均は高めから31.5%、34.8%、36.6%。投球が低めに向かうほどに引っぱり方向に打球が飛ぶ割合は上昇するようだ。それに対してロッテ打線は高めの引っぱり割合が30.1%とNPB平均並であるのにもかかわらず、真ん中、低めと投球が低くなっても引っぱり割合に大きな変化が見られない。低いボールに対しても引きつけてスイングしている様子がうかがえる。

高低別引っぱり割合【画像提供:DELTA】

 井上はどの高さに対しても引っぱる割合が変わらないということはないが、やはりNPB平均より引っぱりが少ない。こうした引きつけてスイングをする姿勢が選球眼向上に一役買っているのだろう。前述の通り、井上の選球眼の向上は長打の増加にもつながっていると思われる。センターから逆方向に強い打球を打てる井上に、引きつけるバッティングが上手くマッチした形と言えるだろう。

 昨季のロッテはシーズン序盤のチーム打率が2割を下回るなど極端な得点力不足のシーズンを送った。長打力に欠けるチームにもかかわらず、出塁率もリーグ最下位の.297と低迷したため得点が増えないのも当然の状況だった。しかし今季は選球眼が向上し、出塁率はパ・リーグ2位の.332まで上昇。得点力不足を解消した。今後、井上のほかに長打力のある打者をラインナップに加えられれば、さらに得点力は増加しそうだ。(データはすべて8月13日終了時点)DELTA
 2011年設立。セイバーメトリクスを用いた分析を得意とするアナリストによる組織。書籍『プロ野球を統計学と客観分析で考える セイバーメトリクス・リポート1~5』(水曜社刊)、電子書籍『セイバーメトリクス・マガジン1・2』(DELTA刊)、メールマガジン『Delta's Weekly Report』などを通じ野球界への提言を行っている。集計・算出した守備指標UZRや総合評価指標WARなどのスタッツ、アナリストによる分析記事を公開する『1.02 Essence of Baseball』も運営する。

© 株式会社Creative2