「打撃の神様」の甲子園 故川上さんの紙面・写真をネット掲載 熊日「火の国球児たち」第3弾

©株式会社熊本日日新聞社

広告を表示できません。

「紙面を彩った火の国球児たち」の川上哲治編のフロントページ
熊日に残る1934年の第20回全国中等学校優勝野球大会の入場式。グラウンドには熊本工の川上哲治選手もいた=甲子園

 熊本日日新聞社は17日、「打撃の神様」と呼ばれプロ野球・巨人で活躍し、監督としても巨人を9年連続日本一に導いた故川上哲治さん(人吉市出身、熊本工出)の“甲子園球児”時代の紙面や写真をデジタル化した。

 県出身プロ野球選手らの軌跡をたどる「紙面を彩った火の国球児たち」の第3弾。パソコンとスマートフォンから200円で購読できる。

 熊本工は旧制中学時代の1934(昭和9)年と37年の2度、夏の甲子園で準優勝した。その中心選手が投手や外野手を務めた川上さんと、後に「巨人軍最強の捕手」と呼ばれた故吉原正喜さん(熊本市出身)だった。

 今回は2度の準優勝の4年間を軸に、熊日の前身の九州日日新聞と九州新聞の紙面や、熊日が所蔵する写真で振り返った。34年の甲子園入場式の写真や川上さんの少年時代の記事など貴重なデータも収録した。

 「紙面を彩った-」は、デジタルコンテンツの投稿・購入サイト「note=ノート」を活用。80年熊本大会決勝の「秋山・伊東編」、85年の多良木旋風の立役者「野田浩司編」もある。

 購読は、「熊本日日新聞社 note」で検索した画面から会員登録する。紙面のQRコードからも可能。熊日デジタルセンターTEL096(361)3224。(和田毅)

(2018年8月18日付 熊本日日新聞朝刊掲載)

Follow us!

熊本日日新聞

こんなニュースも

紙面を彩った火の国球児たち

「夏の甲子園100回」を記念し、熊本出身のスターたちの〝球児〟時代を取り上げます。 第3弾は「打撃の神様」と呼ばれた川上哲治(熊本工出、人吉市出身)です。

ご購入はこちらから

Curated by

Curated by